2026年2月11日水曜日

報われないのは誰か?

 
 
 「真面目にやっているのに報われない」
 
 「努力しているのに報われない」
 
 
 誰かのことをそう評して、気の毒だと言ったりす
 
る。自分のことを振り返って理不尽だと思ったりす
 
る・・・。よくある話で、実際気の毒な人もいる。け
 
れど、世の中は世の中の力学や必然性によって動くの
 
で、個人の望みは世の中の流れに嵌まらなければ成就
 
しない。
 
 気の毒ではある。が、私は報われない人にはもちろ
 
ん、報われた人にも尋ねたいことがある。
 
 「自分には報いたでしょうか? 」
 
 「自分に報いるために何かしたでしょうか?」
 
 
 アタマは自分の望みを叶えようと活動する。その対
 
価として外(世の中)から報いがあると期待する。そ
 
の視線は外を向いている。けれど、アタマの背後には
 
忘れ去られた自分がいる。振り向いてもらえない自分
 
がいる。その自分に報いなくていいのでしょうか?
 
 
 アタマは自分の一部なのに、世の中の端末としてば
 
かり機能して自分を顧みない。アタマが働いて報われ
 
ても、報われなかっても、どちらにしろ自分は報われ
 
ない。放ったらかしのままにされる。それがわたした
 
ちが満足して落ち着くことなく、不安を払拭しきれな
 
いまま生きている原因です。
 
 アタマが世の中で報われようとしているあいだ、そ
 
の後ろで自分は黙ったまま立ち尽くしている。お預け
 
を食らったまま待っている。声にできない期待を抱え
 
たまま。
 
 
 自分は何を望んでいるのか?
 
 実は大したことは望んでいない。
 
 
 ただ、振り返ってほしい。
 
 後ろにいるということを分かっておいてほしい。
 
 分かっていてくれるなら、それでいい。
 
 それだけで、自分は報われる。
 
 
 それだけでいいのに、自分に報いている人は驚くほ
 
ど少ないと見受けられる。








 
 

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