ニデック(元 日本電産)という会社のことがニュ
ースになっていた。私は会社の経営のニュースとかど
うでもいいんだけど、9年ほど前に、この会社の当時
の社長(CEO)の発言について、ブログに批判を少し
書いているので(『タイムリミット』2017/11)ちょっ
と興味がある。
会計処理の疑義や品質上の不正などいろいろな問題
を起こしているそうで、それがいま経営を揺るがして
いるという話だ。
当時の社長のことをウィキペディアで調べると、
“2014年10月、日本電産(現ニデック)CEOに就
任。11月17日に発刊された『日経ビジネス』誌におい
て発表された「社長が選ぶベスト社長」ランキングに
おいて第1位を獲得”などとあるが、それがこのてい
たらくである。やはり見るべき何かを見ずに来た人な
のだろう。
2017年当時の発言から、私はこの人物を“経済
的効率からしか人を評価しない人間”のように感じ
た。「はじめに経済ありき」という発想の人間なのだ
ろうなと。
そのような発想は会社の経営に適しているようでも
あるけれど、会社というのは“人”が働いて運営され
るものだ。しかし、機械か道具のように扱われると、
人は望み通りに機械や道具のように振る舞い始めて、
人ではなくなる。
機械や道具になった人は倫理感や真摯さを持たない
・・・それが現れたのが、この度のニュースなのでは
ないだろうか。
今の時代、経済抜きにして社会が動くことは最早不
可能だから、経済を重視しなければしようがないけれ
ど、効率良く経済に使われる人間になることを社会が
求め、それに従う人はしあわせなのか?そして、それ
は社会を良くするか?
経済に使われてしまわないように「経済のことを知
り、経済を利用すれば豊かに楽しく暮らせる」と考え
る人間は多いだろうが、果たして首尾よく経済を利用
できるだろうか? ほとんどの場合、経済の中に埋も
れ、利用しているつもりで利用されてしまうだろう。
この度のニデックの不祥事はその一例ではないだろう
か? 私は「経済から距離を置き、経済を煙に巻くた
めにこそ、経済を知るべきだ」と思う。
人は経済にために生きているのではないし、社会の
ために生きているのでもない。その中に入り込んでし
まわずに、上手に間合いを取りながら生きて行かなけ
れば、機械か道具になってしまう。
社会も経済も「良い」「悪い」を知らない。
社会も経済もシステムであって、それ自体は人に何
ももたらさない。そのシステムの中で上手くやれば、
まぁ面白かったりはするだろうけれど、「電車の乗り
継ぎがスムーズにできて気持ちが良い」というのと変
わらないだろう。
効率よく、早く、面白く、電車を利用しているだけ
じゃなくて、時々電車を降りて、なんなら乗るのもや
めて、高架沿いの焼き鳥屋でビールを飲みながら、着
いては出てゆく電車を眺めている・・・そんなことの
方が人として真っ当だろうと私は思うけど、社会と経
済に絡め取られた人間のアタマには、そんなことカ
ケラも浮かばないだろうなぁ。