2026年2月16日月曜日

待たない

 
 
 わたしたちはいつも何かを待っている。
 
 人を待つ、電車を待つ、頼んだ荷物を待つ、試験の
 
結果を待つ、給料日を待つ、お湯が沸くのを待つ···。
 
様々なものを待つけれど、不快なことや苦しいことを
 
待つことはない。待っているのは、常に肯定的なこと
 
です。
 
 
 待てど暮せど来ぬ人を 
 
 宵待草のやるせなさ
 
 今宵は月も 出ぬそうな    
 
                 『宵待草』
 
 
 待っているものは来ない。月さえ出ない。愛想の無
 
い詞を書いたのは竹久夢二ですけど、いくら待っても
 
来ないものには、いずれこちらの愛想も尽きる。・・
 
もういいわ・・・。でも、またすぐに何かを待つ。
 
 
 待たないようにするというのはどんなもんだろう?
 
 なるべく待つことのないように暮らしてゆくのはど
 
んな感じだろう?
 
 
 待つということは、人や事に何かをゆだねること
 
で、暮らしている限りそれは避けられない。けれど可
 
能な限り、待つ気持ちを持たずに、ゆだねたら後はお
 
まかせで自分の都合は無しにする・・・。そうすると
 
何が起こるでしょうか? きっと開放される。
 
 
 世の中にはちゃらんぽらんな人もいるもので、そう
 
いう人は待ったり待たせたりに気を使わない。関わる
 
人は困らされるが、当人は気楽なものです。ですが、
 
そういう人もある面ではこだわりが強くてイライラし
 
たりするものです。すべてにちゃらんぽらんな人は、
 
まずいません。そういう人は社会に淘汰されてしまい
 
ますからね。
 
 しかし、そういう人の在り方は学ぶべきところがあ
 
ると思います。
 
 
 待つことは未来に縛られることです。待つことで今
 
に規制が掛かりますが、誰かとの契約・約束でなけれ
 
ば、その規制は自分自身が生み出しています。自分が
 
気にしなければ縛られることはない。
 
 わたしたちは、必要以上に待つことを増やして自分
 
を縛っているでしょう。待つことで、心の何割かを未
 
来に持ち出しているでしょう。
 
 その結果手に入るもの、それはワクワクかもしれま
 
せんし、ヤキモキかもしれません。結構な確率でイラ
 
イラでもあるでしょう。いずれにせよ、その分の今は
 
欠けてしまう。そして、また次の何かを待つ・・・。
 
 今が欠けたままの時間が続いてゆくことになりま
 
す。
 
 
 一日の中で、自分がどれ程「待つ」という意識でい
 
るかを考えてみると、「自分はこんなにあれやこれや
 
と四六時中何かを待っているのか・・・」と驚くこと
 
でしょう。果たしてそれは妥当なことなのか?必要な
 
ことなのか?
 
 
 「ちょっと、待たないでいてみよう」
 
 そう意識して、ほんの10分ほど待たないようにして
 
みるだけで、これまで感じたことが無いような感覚が
 
あると思います。
 
 
 「え?なんだか自由な気がするぞ🤔」 
 
 きっと、そういう感じがあるでしょう。
 
 やってみる値打ちのある実験だと思いますよ。
 
 
 
 
 
 
  
  

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