2026年4月10日金曜日

底なし穴に落ちる

 
 
 
 以前少し触れたことのあるリック・リンチツさんの
 
『あなたも私もいない』(ナチュラルスピリット社)
 
という本の中にとても気に入ったイラストがあって、
 
以前から紹介したいなと思っていたのだけど、なにぶ
 
ん「イラストを転載するのは問題だろうな」というこ
 
とで止めていた。でも、「あっ、AI で同じようなイ
 
ラストを生成すればいいんだ」と気が付いたので、ご
 
紹介したいと思う。
 
 
 

ジョーが底なし穴に落ちる!

 
 
 
 
 
 
 
                                        

 
三週間後・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (オリジナルはもっとシャレた可愛いイラストなん
 
だけど、まぁ雰囲気は出てるので良しとする) 
 
 
 このイラストを見たときは面白くて感心した。 
 
 わたしたちは自分の(あるいは社会の見せる)イ
 
メージの中で、落ちることを恐れながら生きている。
 
けれど、その本質はこのイラストのようなことではな
 
いのか? イメージでできている世界には、本当は底
 
は無い。
 
 そりゃぁまぁ、お金が底を突けば食べる物にも困っ
 
て窮地に陥るし、最悪の場合死ぬかもしれない。けれ
 
ど、死は誰にでも訪れるものだ。そこに世の中の教え
 
るイメージを投影しなければ、それは「底」ではな
 
い。この世界はポジティブな意味で「底なし」なん
 
だ。 
 
 
 「放てば手に満てり」とか「南無阿弥陀仏」とか、
 
イエスの野のユリの話とか、このイラストに表現され
 
ていることは、いろいろな言葉で表現されている。
 
 
 「落ちるー!」
 
 「叩きつけられる!」
 
 
 世の中のお話しの中には「底」が有る。そのお話し
 
が成立するためには、お話しの土台(底辺)が要るの
 
で「底」が設定される。そして「底に落ちれば終わり
 
だ・・・」という恐怖に苛まれる。けれども別のお話
 
しもあるし、「最悪でも死ぬだけだな」と肚を括って
 
しまえば、もう「底」は抜ける。
 
 確かに死ぬのは嫌だ。けれど誰でも必ず死ぬのだか
 
ら、あまりにも怯えているのも芸が無い。
 
 ジョーのように気楽に落ちながら、人生の風を受け
 
ているのは、なかなかの芸達者でイケてるんじゃない
 
だろうか。そして、その落ちて行く中で、思いもよら
 
ない光景をいくつも目にするかもしれない。いや、目
 
にするだろう。けれど、怯えていると周りの光景を見
 
ても、心で受け止めることなどできない。ましてや、
 
落ちることを恐れて何かを掴もうとばかりしていて
 
は、掴もうとしているもの以外は目に入らない。それ
 
はとてももったいないことではないのか?
 
 たわごとだろうか?
 
 でも、あの手この手で自分を気楽にさせてやるの
 
は、良いことに違いない。
 
 
 わたしたちが底なし穴に落ちると、そこにはリラッ
 
クスしたジョーがいる。
 
 「あっ、ジヨーだ!」
 
 と思った次の瞬間、自分がそのジョーだったと気付
 
く。わたしたちは生まれた時から底なし穴を落ち続け
 
ている。 
  
 
 
 
 
 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿