この前 You Tube で心地の良い動画を見た。自然の
景色に、アコースティックで心地の良い女性ボーカル
のプレイリストを合わせてある。Priscilla Ahn に似
た感じの癒やされる音楽・・・。「誰が歌っているん
だろう」と概要欄などを見るが曲名しか載っていな
い。グーグルの音声検索にかけてもヒットしないし、
コメント欄にも同様のコメントがされている・・・ど
うやら AI 生成らしい。
そうなると、途端に興醒めする。AI 生成の音楽に良
い気分になんかさせられたくないという思いがある。
けれど、知らなければそれで通ってしまうのだから、
こだわる必要もないはずなんだが・・・。
AI というのは、膨大な音声データを組み合わせて音
楽を作るが、それはいわば“フランケンシュタインの
怪物”のようなものだろう。
AI の作り出すものは、つぎはぎがまったく分から
ず、見た目もとても美しくできている・・・けれど
も、それは死体のパーツを組み合わせてカミナリのエ
ネルギーで命(?)を吹き込んだ“フランケンシュタ
インの怪物”と本質的に同じだろう(電気のパルスで
命を与えるというところも同じだ)。
フランケンシュタインのお話しが、「命とは何
か?」「人とは何か?」と問いかけるように、AI が生
成するものは、「文化とは何か?」「楽しみとは何
か?」とわたしたちに問いかける。
今回私が聴いた曲はすべて英語の曲だったので、意
味がよく分からないし、英語での作詞で美しい表現が
どういうものかもネイティブのようには分からないか
ら、気分良く聴いていた。けれど、これが日本語の詞
なら「型通りでつまらん」と思ったかもしれない、演
歌や J-POP のように。
しかし、とにかく私は「良いな」と思ってしまっ
た。そして自分がそう感じてしまったことが気に入ら
ない。ペテンに掛かったように感じる。それは『マト
リックス』でネオが赤い錠剤を飲む気持ちにつながっ
ているだろう。
「作り物ではない世界が見たい・・・」
そもそも世の中は作り物だけど、音楽というものは
踊りと共に文化の中で最もプリミティブなもので、ス
トーリーを介さずに、感性に直接訴えかけることもで
きるものだ。それがここまで作り物になってしまうの
はとても気持ちが悪い。AI 生成の音楽ばかりになって
誰もがそれに取り囲まれても、それが普通で何も思わ
ないのならば、それは『マトリックス』の世界ではな
いか。
いまやデジタルの世界には、フランケンシュタイン
博士がゴロゴロ居て、彼らの作りだした“美しいフラ
ンケンシュタインの怪物”がそこら中で微笑んでいる
(暴れてもいる)。
「文化とは?楽しみとは?」
「命とは?人とは?」
考えてみるのか、考えないでいくのか。
青い錠剤を飲むのが間違いとは言えないが・・・。
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