2026年4月26日日曜日

救世主は現れない

 
 
 近所のスーパーで買い物を終えて外へ出ると、前か
 
ら赤ん坊を抱いた夫婦が歩いてきた。ふと「もしかし
 
てこの子が凄い偉人になるかもしれないんだなぁ。こ
 
とによると救世主になるかもしれない」などと思った
 
のだけど、本当に人の将来はわからない。どのような
 
天分が訪れるか誰も知りようがない。とはいえ、救世
 
主になることはない。
 
 「救世主は現れない・・」すぐに自分の考えにダメ
 
出しをした。
 
 
 〈救世主〉の「世」はアタマの考えている世界だろ
 
うけど、アタマの世界に救いは無い。誰も救えない。
 
一方、アタマの外の世界は荒れても乱れてもいないの
 
で、救う必要が無い。救世主の出る幕がない。という
 
わけで、救世主が現れることは無い。
 
 
 救世主といえば、まずイエスだけど、キリスト教世
 
界は二千年後の今日も救われていない。キリスト教徒
 
たちはイエスを救世主としたが、当のイエスは世界を
 
救おうなんて考えもしなかったことだろう。
 
 「あんたたち、自分が救われていることに気付い
 
て、こんな世界なんか適当にあしらっとけよ」
 
 イエスはそういう気持ちだったんだろう、たぶん。
 
 
 けれども、世界は救世主を求めるのでイエスは救世
 
主に祀り上げられ、あげくに磔刑になった。「適当に
 
あしらっとけよ」という雰囲気を出してしまっただろ
 
うから、それがまずかったのだろう・・・まぁ仕方が
 
ないけど。
 
 
 ただ、イエスは本当の救世主がどこにいるかは伝え
 
ようとしただろうと思う。
 
 「あんたの世界の救世主は、あんたに決まってるだ
 
ろう。あんたの世界にはあんたしかいないんだから」
 
 
 自分を救えるのは自分だけ。いや、救いの中に在り
 
ながら、自分で地獄を作り出しているのだから、自分
 
がそれに気付けば済む話だ。
 
 救世主は、いまここにいる。
 
 救世主は、いまそこにいる。
 
 
 
 

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