「何を言ってんだ?」 そう思ってません?
未来は無いんです。未来が来たためしはありません。
わたしたちには、今しか存在しません。未来はわたしたち
の頭の中にしか存在していません。
この「未来は無い」という言葉は、私が最近一番よく使っ
ている言葉です。
夜、布団にもぐり込んで目を閉じると、ほとんど自動的に
アタマがさまざまな事を考え始めます。今日あった事、これ
から起こりそうな事、ずっとずっと昔にあった出来事、ひと
に話したら精神を疑われそうな想像などなど。そのほとんど
は、考えてもしょうがない事や、考えない方が良い事で、ネ
ガティブな思考のループにはまってしまうと、睡眠不足や精
神的ストレスで健康を害します。
こういった事は、就寝時だけではなく、起きている時でも
アタマはやっていますよね。仕事中によそごとを考えていた
り。そういう“アタマのひとり遊び”(「エゴ・ワーク」とで
も呼びましょうか)を放ったらかしにしていると、ロクなこ
とになりません。 そんなときに「未来は無い」という言葉
は、とても役に立ちます。
アタマがひとり遊びを始めるのは止められないと思います
が、アタマが勝手に動き始めている事に気付いたら、「未来
は無い」と心の中で呟きます。すると、面白い事が起こりま
す。就寝時など、目を閉じている時に「未来は無い」と呟く
と、その瞬間に、上を向いていた眼球がスッと降りてきて、
正面を向く位置に来ます。まるで、今現在を見据えようとす
るかの様です。何度やっても、自然とそうなります。そして
ざわついていた気持ちが静かになります。心と体が連動して
いるんですね。
前に「もう存在しない過去が、唯一存在している現在を喰
ってしまう」と書いたことがありますが、未来も現在を喰っ
てしまいます。わたしたちには現在しかないので、その現在
を喰われてしまうと何も無くなってしまいますね。だから、
わたしたちは常に不安と不満を抱えていることになるんだと
思います。
この頃私は、「未来は無い」と呪文の様に呟いているんで
すが、面白い事に未来がアタマから消えると、過去もアタマ
から消えるんです。このことで「過去」と「未来」がセット
になっている事が体感できます。未来の事を考えるには、過
去が必要です。過去に立脚しなければ、未来を考えることは
出来ません。過去にまったく無関係な未来を考えることがで
きますか? 論理的に無理なんです。アタマが考える未来は
脚色された過去でしかありません。ですから未来を否定する
と、同時に過去も消えるんです。そして、今が広がります。
自分が、世界が、広がっていることを感じられます。心が落
ち着き、安心が満ちてくるのが感じられます。
わたしたちには、過去を否定することは難しい。今現在、
過去が存在していないのは確かですが、記憶が残っているの
で、否定しにくいのですね。でも、未来はわたしたちが考え
ない限り存在しないので、簡単に否定できます。ですから、
想い出したくない過去がアタマを占めてしまった時は、「未
来は無い」と呟くことで、過去も消すことが出来ます。
「未来は無い」と呟いて、是非、今に安らいで下さい。
「でも、未来の事を何も考えなかったら、この先ムチャク
チャになっちゃうんじゃない?」
そう思うでしょうけど、どうせ考えた通りの未来なんて来
ないでしょ? ホントの未来は勝手にやって来ます。
(でも、仕事の準備だとか、具体的な生活の事なんかは
別の話です。例えば、借金を返すにはお金を準備しなけれ
ばならないのは当然ですが、「準備できなかったらどうし
よう」と考えるのはムダですね。「準備できなかったらど
うしよう」という未来は消してください。)
そういえば、聖書に「明日のことを思い患うな・・・・」
(「煩う」だったかな?)という言葉があったと思うけど、
「思うな」「考えるな」と言っても、なかなか難しい。でも
「未来は無い」と言うと、シャッターが下りるみたいに「ス
パーン」と切れる感覚があるので、やり易いと思う。だって
アタマが考える未来がやって来ることは、ほぼ無いですか
ら、実際に無いものを「無い」と言うのは簡単です。
未来はありません。
良かったですね!
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