2026年7月10日金曜日

あきらめなかったから

 
 
 
 10年前に亡くなったシンガーソングライターで村田
 
和人という人がいる。山下達郎らが音楽制作に関わっ
 
ていた人で、80年代にはそこそこ売れていた。当時の
 
ミュージックシーンでは中堅的な立ち位置と言えばい
 
いのだろう。大ブレイクする実力があったと思うけれ
 
ど、売れる売れないはタイミングと運が大きく作用す
 
る。ビッグネームにはなれなかった。
 
 キャッチーな良い音楽を作る人で、私もベスト盤を
 
一枚持っているが、私が村田和人を聴き始めるきっか
 
けになったのが『Stay The Young』という曲で、いま
 
でも年に1〜2回は聴く好きな曲だ。今日も、久しぶり
 
に聴いていて「あきらめる」ということについて思っ
 
たことがあった。
 
 
 曲の中で「涼しい顔してあきらめるのが 上手な生
 
き方には思えない」と歌われる。夢をあきらめること
 
についての歌なんだけれど、よくある「夢を追いかけ
 
ろ」みたな曲とは少し趣が違う感じのする曲だ。
 
 曲の中で歌われる「夢」というのが、社会的な評価
 
を受けることよりも、自分で自分を評価できる生き方
  
に寄っているように感じる。「社会の枠にハマって、
 
自分をあきらめていないか?」と問いかけているよう
 
に思える曲だ。
 
 
 このブログでは、社会的な評価を得ることに拘泥す
 
ることを批判的に書いてきた。それは違わないし、
 
「あきらめる」ということも、誰もがしなければなら
 
ないことだと思っている。なにしろ「生をあきらめ、
 
死をあきらむるは、仏家一大事の因縁なり」だ。人は
 
皆あきらめるべきだ。
 
 
 そんな風な考え方の私が何故この曲を好きなのか?
 
今日、それを考えたのだけれど、答えは先ほど書いた
 
ことの中にある。
 
 “「あきらめる」ということは、誰もがしなければ
 
ならないこと”だから、「あきらめること」をあきら
 
めてはいけないという話です。
 
 若い時から「あきらめること」が私の夢だった。詭
 
弁のように聞こえるかもしれないけれど、本気でそう
 
思っていたのです。
 
 
 「この世の中はおかしい。関わっていると何かを間
 
違える」
 
 そういう感じが消せない私は、世の中で評価される
 
こと(夢)を疑い、そこから離れようとした。
 
(こうして書いてみると、ほとんど仏道修行ですね。
 
こういうのを「在家の出家」という) 
 
 
 作詞は安藤芳彦という人で、本人の作詞の意図はわ
 
からないけれど、私には単純に「夢を追いかけろ」と
 
いうようには聞こえない。でも、この曲を好きな人の
 
ほとんどは「何かを成し遂げる夢をあきらめるな」と
 
受け取っていることだろう。言葉というのは受取る人
 
次第で全然違う意味を持つ。
 
 
 「夢をあきらめることが、夢だ」という、なんとも
 
ひねくれまくった人間に気に入られては、村田和人さ
 
んも苦笑いするしかないだろうけれど、病気によって
 
音楽活動(人生)を終わらざるを得なかった村田さん
 
にとって、最期に夢をあきらめることは、涼しい顔で
 
死を迎えるために必要だったはずだ。
 
 もちろん涼しい顔で死ぬ必要もない。
 
 涼しかろうが苦しかろうが、それが自分の人生なら
 
それでいいのである。それこそが「あきらめること」
 
だ。 
 
 
 『Stay The Young』はとても良い曲です。
 
 興味があれば聴いてみて
 
 
 
 
 

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