ネット上は、さまざまに切り取られた情報で溢れて
いる。好意的な切り取りも、悪意のある切り取りも、
存在理由の分からない切り取りもあるけれど、物事を
切り取らずに丸ごと情報にするのは不可能なので、す
べては切り取りにならざるを得ない。
フィクションの創作物ならそれでいい。アニメだと
か音楽だとかの作品なら、提出されたものがすべて
で、それで丸ごとだ。気に入るか気に入らないかで済
むことだ。しかし、現実の物事は問題を起こす。人は
切り取られた外側を自分の都合の良いように詮索し、
仮定した挙句に、自分の仮定を事実のごとく固定し始
める。そうして切り取られた情報を中心に、人の数だ
け固定された“その人なりの事実”が世の中にあふれ
てゆき、あっちでもこっちでも揉め事が起こることに
なる。
悪意のある切り取りも、善意からの切り取りも、物
事を見誤らせる。じゃぁ、もう発信などしなければよ
いかといえば、ことはネットだけの話じゃ済まない。
わたしたちは、眼の前の実際の物事さえ切り取らずに
受取ることができない。思考を使う限り、切り取る必
要がある。丸ごとの物事は大きすぎて思考には扱えな
いから。
誰もが物事の断片を集めてそれを事実だと見做す。
大まかな形はわかるかもしれないけれど、集められ
なかった断片の一かけらに、重要な意味があるかもし
れないではないか。いったい誰に正しい(?)判断が
できるだろう。せいぜい良識のある判断ができる程度
だけれど、その良識にもいろいろある。
悪意のある切り取りに誰かを叩きたい人間がここぞ
とばかりに群がる。好意的な切り取りにはお仲間が喜
んで集まる一方で、アンチが潰しにかかる。アタマが
悪すぎる。狂っているけれど、それがアタマの性質だ
から無くならない。
世の中と関わる限り、わたしたちは思考を止められ
ない。切り取ることを止められない。それは業であっ
てどうしようもないけれど、せめて「見えないものの
方が膨大なのだ」という認識だけは忘れたくないもの
だ。
と、そんなことをどこかの権威のある有名人が言っ
たところで、それも切り取られて毀誉褒貶される。
膨大な見えないものの前で立ち止まる・・・判断な
どできないのだと肚を括る・・・その中に入っても、
混乱しかないのだと肝に銘じる・・・。
世間のことも、まわりのことも、
なるがままにさせておき、
黙って、見ていられる人になる。
その方がうまくいく、という計算さえ持たずにね。
『タオ-ヒア・ナウ-』加島祥造
世の中から必要なものを得るための最低限の義務
を果たしたら、あとは関わらない方が身の為だ。
そんな風に生きていると世の中は非難してくるだろ
うけどね。こちらの見えている一部を切り取ってね。
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