2017年4月22日土曜日

少欲知足。省エネよりも、省エゴを!


  《 省エネよりも、省エゴを! 》


 前回のブログは、気が付いたら「少欲知足」の話になって

いましたが、「少欲知足」というのは仏教の言葉です。(良

く知られた言葉なので、ご存じかも知れませんね)

 「少欲知足」は、「欲を少なくして、足ることを知れ」と

いう解釈と、「欲を少なくすると、足りていることを知る

(気付く)」という、二通りの読み方が出来ます。

 どちらかと言えば、前者の「・・・、足ることを知れ」と

いう、努力を促すというか、心構えを教える感じの受け取り

方が一般的なんじゃないかと思うんですが、私は後の方の解

釈が、より本質を衝いていると思います。
 

 “欲”=“エゴ”でしたから、「欲を少なくする」というの

は、「エゴを少なくする」ということになります。そうする

と、「エゴを少なくすると、足りていることを知る」と読み

代えることが出来ます。

 エゴを少なくすると、足りていることに気づくのです。
 

 エゴというのは、本来の自分ではなく、世の中の一部でし

たよね? 世の中の一部を、自分の一部だと思い込んでしま

ってるのが、わたしたち一般の在り方です。

 そのエゴが少なくなると・・、さらに言えば、エゴが無く

なると・・、本来の自分だけが残ります。で、“エゴ”=“欲”

でしたから、本来の自分だけなら欲は無いのです。欲が無け

れば、「足りない」という思いは生まれませんから、「足り

ていることを知る」。つまり満足するわけです。

 「少欲知足」は、本来の自分を取り戻す為の言葉です。

 でも、本来の自分に戻ると、なぜ満足するのでしょう?



 エゴというのは、世の中の一部でしたよね?

 一部でしかないので、不完全なんです。その上、世の中は

人の妄想、あるいは幻想によって出来上がっているもので

す。(もう少しソフトな言い方をすると、約束事によって出

来ています)妄想には根拠がありません。砂上の楼閣と言え

るもので、一時的・一面的なものでしかありません。世の中

は永久に完全になることは無いのです。

 人が、エゴの方に重心を置いて生きれば、永久に不完全な

ままであり、永久に満足はないのです。(“限りないもの 

それは欲望~~”と井上陽水が歌っていましたね)
 
 じゃあ、本来の自分だけなら、なぜ満足なのか?



 人も、自然の一部だからです。

 ここで言う自然は、海や山や森や多くの生き物たち、とい

った地球レベルの事だけではなくて、宇宙レベルのエネルギ

ー(物質)の循環、あるいは共調と言うようなことです。

 物理法則に熱力学第一法則(エネルギー保存の法則)とい

うのがありますね? 宇宙のエネルギーは増えも減りもせ

ず、形(状態)を変えるだけです。宇宙は完結しています。

ただ、揺らいでいるだけです。その揺らぎも、人の都合で時

間と空間を見るから、揺れている様にみえるだけで、宇宙は

法則通りに動いているにすぎません。

 宇宙という完全なものの一部に甘んじていれば、満足でき

るわけです。

 これは、わたしたちの身体とエゴの関係と同じです。身体

は身体のシステム優先です。面白いドラマの途中でも、オシ

ッコを我慢できない時がありますね。ドラマを観たいのは、

わたしたちのエゴの都合でしかありません、エゴの作り出し

たものを優先しようとするから、オシッコを我慢するという

不快が生まれるのです。エゴが無ければ、すぐに気持ちよく

オシッコができます。そして、もちろん身体は宇宙の一部で

すね。


 「アタマ」優先。「エゴ」優先。

 そういう生き方が、わたしたちの習い性になってしまって

いる為に、わたしたちは満たされることがありません。

 時々手に入る快感や興奮でお茶を濁しているだけで、ほん

との満足を知りません。でも、エゴは人間に作り付けなの

で、付き合わざるを得ません。

 意識があれば、エゴは生まれてしまうでしょう。そして、

皮肉なことに意識があるからこそ、ものを考え、学び、宇宙

との一体感などという、とてつもない企てをすることが出来

ます。意識がなければ、他の動物の様に、ただ本能のままに

生きているだけです。(もしかしたら、他の動物は完全な満

足の中で、生き死にを繰り返しているのかも知れませんが)

 エゴと上手に付き合う。そのキーワードが「少欲知足」な

んですね。


 それで、ついでの話なんですが、「環境破壊や戦争やテロ

なんかも、エゴが作り出している」という意味のことを、こ

れまでに書いてきましたが、環境破壊の対策で“省エネ”なん

て言うけれど、もっと根本の“エゴ”をなんとかしないと、省

エネなんて無理でしょう。だから、《 省エゴ 》で。


 と言ってはみたものの、誰かが“省エゴ”にすると、エゴの

強いアグレッシブな奴が、「これ幸い」とパワーアップして

くるので、世界は問題だらけのままなんでしょうねぇ。


 やはり、世界の事は放っといて、“省エゴ”は個人のしあわ

せレベルで行いましょう。私と貴方で。




0 件のコメント:

コメントを投稿