2019年1月26日土曜日

大坂なおみはしあわせになれるか?


 「大坂なおみが全豪オープンで優勝した」と、さっきニュ

ース速報が流れた。またしばらく、メディアがもてはやすの

だろう。

 以前のインタビューで聞いたが、彼女は「世界一のテニス

プレイヤー」になりたいそうだ(今回の優勝で世界ランキン

グ一位になったそうだが)。

 そのインタビューを聞いた時に私が思った事といえば、

「世界一にならなければ自己肯定感を持てないなんて、何か

大きな “欠損” をかかえているんだろうなぁ」ということだ

った。


 「生きること」、「しあわせでいること」は、そんな大袈

裟な事ではない。

 「世界一」にならなければしあわせでないのなら、この世

界でしあわせを感じられる人はほんの一握りになってしまう

だろう。

 人はその生い立ちの中で、世の中の吹き込んだストーリー

に囚われてしまい、その中でしか自分を肯定できなくなるの

が普通です。中には、(世の中で)スケールの大きいことを

実現しなければ自己肯定感を持てなくなる人も多い。大坂な

おみもそういう人なんだろうなと思う。

 それは彼女の必然で、仕方がない事だろうけれど、さっき

書いたように「生きること」「しあわせでいること」は、そ

んな大袈裟なことではない。


 「世界一」が「世界で一番」ならばそのポジションは少な

いが、「世界に一つ」ならばそれは人の数だけある。誰でも

自己肯定出来る。

 『世界に一つだけの花』という曲は、そういう自己肯定感

の持ち方を伝えた。そこには「違う」という事を肯定するも

のの見方があって、結構な数の人に心の安定をもたらしただ

ろう。


 けれど、「違う」ということを知る為には、比べなければ

ならない。そして、比べる限り、人はその過程で「違い」だ

けではなく「差」を見てしまうだろう。

 「世界に一つ」という思考は「自分という “個” 」を世界

から分離せざるを得ないので、ひとときの満足をもたらして

も、その自己肯定感は、結局、世界の大きさの前に圧倒され

てしぼんでいっていまう。

 「世界一」などという “妄想” を追いかけるよりはずっと

良いと思うけれど(大坂なおみちゃん、ゴメンネ。君には君

の事情があるだろう)、人は「世界に一つ」という “自己” 

肯定のもう一つ向こうへ進まなければ、本当のしあわせは無

い。


 「世界一」という言葉は、「世界という “ひとつ” 」と読

みたい。

  ”個” というものは、人のアタマの中にしか存在しないも

ので、実際の世界の中では、何ひとつ分離できない。わたし

たちのアタマが「違い」というものを見い出すように出来て

いる為に、世界の動きの中に個々の出来事を見てしまって、

そこに “個” というものが在るように思い込んでしまうけ

ど、世界は「世界という “ひとつ” 」だ。


 世界は動く。動くことによって、そこに生まれる変化が、

何か「違うもの」のように見えるけれど、世界は何ひとつ分

離していない。自分もその中にある。自分は世界である。


 自分が世界であるのならば、それ以上の肯定感など有り得

ない。「絶対肯定」あるいは「最終肯定」と言ってもいい。

そしてその肯定は、手に入れたり辿り着いたりするものでは

なくて、すでに「そうである」ことだ。


 こんなことは妄想だろうか?


 そんなことはないと思う。

 宗教的なものの見方の中だけで「正しい」とされるような

ことではなくて、科学的なものの見方からしても、世界は何

ひとつ分離できないと見ることはできる。

 “個” というものを成立させたい立場であれば(エゴの立

場からすれば)、世界の中に「違い」を見ようとするだろう

し、“個” というものに価値を置かない立場からは、世界が

「分離できないひとつのもの」に見えるだろう。


 どちらの見方が正解かは言えない。

 しかし、「違い」を見るのはアタマの働きで、世界を客観

視できるという前提に立たなければ出来ないけれど、いった

い人が世界を客観視できるだろうか? 自分も世界の中にい

るのに・・。

 自分が世界の中にいることを思えば、客観視など出来ず、

自分も世界の一部であって、自分というものも、その動きの

一つのものでしかないと考える方が自然だろう。


 どちらの見方を採るかは、人それぞれということになるけ

れど、「違い」を見て “個” を成立させたいのはエゴの働き

であって、少なくとも本当のしあわせをもたらすものではな

いというのが、私の立場。


 しあわせでありたいのなら、「世界という “ひとつ” 」の

方に目を向けるべきだろう。

 “個” は必ず損なわれるものだけれど、“世界” そのものが

損なわれることはないのだから、それ以上の「安心」は無い

でしょう。


 大坂なおみという健気に頑張っているお嬢さんには、しあ

せになってもらいたいと思うけれど、それは「世界一」にな

ることではなくて、「自分も世界なんだ」と知って欲しいと

いうこと。

 「世界一」は、たまたま自分が辿っているストーリーだと

いうだけで、ちょっとしたオマケなんだとね。




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