随分前、友達の I と話していたら、『65Kg理論』とい
う自説を話してくれた。
理論という程の事でもないのだが、〈人間の体重をだいた
い65Kgとして、人間は65Kg以上の重さが持つ “動き” だ
とか、“位置エネルギー” だとかいうものを理解できない〉
という話だ。
65Kgというのは平均的な重さを言っていて、要するに
「自分の身の丈の程を越えた事は、本当には実感出来ず、理
解できず、イメージも出来ない」ということです。
普通のわたしたちには、体重150Kgの相撲取りが、立ち
合いで、全力でぶつかって来る時のパワーを実感できない
し、イメージも湧かない。「死ぬかも知れない・・・」と想
像するぐらいだろう。
重量 1 t の車を時速 60Kmで走らせていても、それが何
かにぶつかった時の破壊力を実感しているドライバーはいな
い。
20 t の荷物を吊り上げるクレーンのオペレーターが、ク
レーンと一体化して、アームに掛かる重さまで感じながら見
事なアーム操作をして見せても、本当に 20 t という重さを
分かっているわけではない。あくまで、エンジンやモーター
やクレーンの強度・重さに助けられての能力だ。
「重さだけではなく、大きさ、小ささ、速さ、遅さ、熱
さ、冷たさなどについても、わたしたちは自分の身の丈の感
覚からはみ出てしまう様な事については、本当の理解を持つ
事は出来ない」
I は、その様なことを言って、私も即座に同意した。
科学が、さまざまな資源を利用する道を拓き、テクノロジ
ーによって、人間が出来なかったはずのありとあらゆる事が
可能になり、人は自分の身の丈を忘れてしまった。
65Kg ぐらいの体重しかなく、自分で目いっぱい走っても
せいぜい時速 30Km で数十秒しか走れないことを忘れて、
時速 100km でクルマを乗り回し、悲惨な事故を起こす。
木の棒をこすり合わせて火を起こしていたことなど忘れ、
爆弾を爆発させ、ミサイルを飛ばしてみせる。
山の峠で、山の民と海の民が出会い、物々交換をしていた
ことなど知る由もなく、コンピューターのネットワークを使
い、AI に為替のトレードをさせて、悪ふざけとしか思えな
い様な額の 金(だとされる数字)を奪い合う。
世界中のあらゆる所で、身の丈の感覚を知らない人間たち
が、水と大地と空と世の中を引っ掻き回している。田んぼを
ブルドーザーで耕すような調子で・・。
〈昔は良かった・・〉とか、〈昔に返れ〉とか言う気は無
い。でも、人間のしている事を見ていると、「やり過ぎだ
ろ・・。正気じゃないよ・・」とは言いたくなる。
そこに、十代の子供たちが、悪ふざけして警察の世話にな
るような事との、本質的な違いは無い。
私と友達の I は、「これから先、人間はもっともっとバ
カな事を仕出かしながら、バカ丸出しで滅びて行くんだろう
な」と笑い合った。 笑うしかないので。
物理的な例えを挙げたが、それだけではない。
“働く” といった事でも身の丈を忘れている。
「縄文人の一日の労働時間は、三時間ぐらいだったろう」
という研究結果があるそうだ。
一日三時間働いて、生き、火焔型土器や土偶を作るような
精神的な余裕も持っていた。寿命は短かったろうし、大きな
ケガなどすれば苦しんだだろうが、高齢化社会の問題や、尊
厳死や臓器移植の問題で悩むことはなかった。
寿命は短くても自由時間は長く、短い寿命ゆえに、人生の
密度は濃かったかも知れないし、バカな上司やノルマに悩ん
だり、町内会の揉め事やママ友との見栄の張り合いでウンザ
リするような事も無い。誰かと較べて、頭が良いとか悪いと
か、給料が多いとか少ないとかに気を揉むことも無い。
時代が進む程に、わたしたちは活動量を増やし、エネルギ
ッシュに(石油や電気を利用してだが)働き、遊び、何をし
ているかと言えば、ひと時の興奮と自己満足を得たいだけ
で、〈悪ふざけ〉と言っても間違ってない様な事だ。挙句の
果てに、疲れ果てて愚痴を言い合ったり、病気になったりす
る・・。
ほんとに、人間は〈身の程知らず〉になってしまった。
自分の身の丈に合った生き方をすれば、それでいいはずな
んだ。
私は、私の身の丈に合った生き方を・・。
あなたは、あなたの身の丈に合った生き方を・・。
誰かは、誰かの身の丈に合った生き方を・・。
私が、成人してから読んだ数少ない小説のひとつに、リチ
ャード・バックの『イリュージョン』(村上龍 訳 集英社文
庫)がある。
今までに、何度も読み返しているが、《わたしたちは社会
の見せる〈イリュージョン〉に惑わされて、自分の本質を忘
れ、“自分じゃない誰か” になって生きている》ということ
を書いている。(そういえば、フレデリック・バックのアニ
メにも『イリュージョン』という短編があった。テーマはや
はり〈社会の見せるイリュージョン〉だった・・)
本当は自分にとって価値の無いものを、「価値が有る」と
思い込まされ、自分の身の丈を忘れてそれに関わり、気が付
けば
ネルギーを吸い取られている。
自分に素直に、自分の身の丈に合った、気持ちよく居られ
る生き方を・・、して行きたいね。邪魔ものは多いけど。
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