2018年8月3日金曜日

LGBTは・・・


 自民党の杉田水脈の寄稿に、「LGBTは生産性が無いのに、

その支援に税金を使い過ぎだ」という趣旨の言葉があること

大問題になってきたね。そりゃぁ、なるでしょう。ことは

LGBTにとどまらず、「生産性がない」といったら、子供・

年寄り・障碍者・生活保護受給者・不妊の問題を抱えてる

人・事故や病気で働けない人といった人までがそのカテゴリ

ーに入って来る。それは日本人の三割ぐらいになるんじゃな

かろうか? 話がそこまで展開してゆくことなど、簡単に分

かりそうなものだし、それがどんな批判を浴びるかも見当が

つきそうだけど、何故だかああいう立場の人間は口がすべる

だなぁ。
 

 なぜそういうことを言っちゃう人間がぽろぽろ出て来てし

まうかというと、日本の与党というものは、「まず生産性あ

りき」だからでしょうね。

 「自民党だから」というよりも、「日本の与党だから」で

すね。日本では、宗教が表立った影響力を持たないし、力を

持つイデオロギーも無い。戦後、「経済戦争」で勝利したお

かげで、「経済的であること」が日本人の価値感の中心にな

ってしまった。

 「経済的であること」

 つまり「生産性の高いこと」が、何よりも評価される。

 “過労死” なんて常軌を逸した事が起きるのもそのためで

しょう。(“過労死” のみならず、“鬱病” や “過労による病

気” 、“仕事中心の生活で家庭崩壊” などもあります)

 「生産性の高いこと」を求める意識は、「他者より優位に

立つこと」でもあるでしょう。その達成の為には、他の事は

取るに足りない。



 日大アメフト部の一件や、それが呼び水となって次々と出

てくるアマチュアスポーツや大学の不正のお話も、「生産性

の高いこと」「他者より優位に立つこと」に価値を置く意識

が根本にあるのでしょう。

 純粋に・・、というよりは、単純に「楽しむこと」とか、

「フェアであることの気分の良さ」を求める想いは、「生産

性」よって蹴散らされてしまって、出る幕が無い・・・。

 世の中は “世知辛い” ものだというのは、昔からでしょう

が、AIに仕事をさせようというのだから、もうそろそろ極

限まで極まっているのだろう。杉田水脈は現代人だというこ

とですね。ただし、前代的な現代人ですけども・・・。



 橋本治さんが昔の著作で、〈“現代” というものは、“前

代” が動かしている〉という意味の事を書いていたと思うけ

ど、そりゃそうですよね。“今” 、世の中の中心に居て、世

の中を動かす主要な力を持つ者は、前の時代の人に決まって

いる。それは何時の時代も変わらないけれど、現代は事情が

違う。現代は世の中の変化が速すぎて、“前代” のアタマが 

“現代” に追いつく前に世の中が変わってしまう。「生産

性」の効率化も、もの凄い速さで進む。その結果、“前代” 

のアタマが、現代の「生産性」の要求に圧迫されて、のぼせ

あがって、バカなことを「バカなことと知らずに」口走る。

公職にある人間であれば尚のこと、些細な言葉のあやも許し

てもらえないのにね。ダメだね。


 「ちょっと、落ち着きなさいよ」と言いたい。

 「何の為に生きてるのか」。まずはそれを考えなさいよ。

 「生産性」とか「効率」とかは、それからの話だろうし、

「他者より優位に立つ」ことが、わたしたちに、自分に、何

をしてくれるのか? 

 「他者より優位に立つ」ことが、決して幸福だというわけ

ではないことは言えると思う。



 とまぁ、「杉田水脈はダメだね」というのは間違いないに

しても、わたしがLGBTを手放しで擁護するかというと、少

し相容れない部分があるのです。



 LGBTの存在には何の問題も無い。人はそれぞれ違う。そ

れぞれ違ったままで構わない。「生産性の無い」(©Mio 

Sugita)子供や年寄や障碍者も当然世の中には存在してい

て、それで当たり前。それでいい。

 ただ、LGBTの人たちが、精子や卵子の提供を受けて子供

を持ったりするようなことや、性適合手術を受けること。

 たとえば、「障碍者も富士山に登らせてあげよう」といっ

て “山頂までエスカレーターを掛ける” ような(たとえ、で

よ)ことに話が及ぶと、「ちょっと違うだろう・・」と感

る。

 また、「普通の人のように、結婚を認めろ!」とレズやゲ

イの人が主張する。



 なんで「普通」になりたいの? なぜ結婚にそんなに価値

をおいてるの?「普通」の人と同じに出来なきゃ満足できな

いの? それは、裏返しの自己差別じゃない? 

 そこには「生産性」で物事を見て、「マジョリティが正当

だ」と信じて疑わない杉田水脈と通じるものがあると思うん

だけど・・。



 「自分の世界を  自分自身を  自分の望む様に変え

て、気分良くするのだ」というは、やはりエゴです。

 そういったことは、現代の、資源・エネルギー・テクノロ

ジーに依存してはじめて可能なことです。現代人の驕りで

す。

 そのようなことを実現しなければ「しあわせに思えない」

なんていうのは、どこかおかしいんですよ。LGBTの人であ

ろうがなかろうが・・・。



 《しあわせになるのに、理由は要らない》



 マジョリティだから可能なこと、不可能なこと。

 マイノリティだから可能なこと、不可能なこと。

 普通だから持っているもの、持っていないもの。

 普通じゃないから持っているもの、持っていないもの。



 誰でも、持っていないものと持ち得ないものがある。

 誰でも、困難なことや出来ないことがある。

 自分の在り方が、普通だろうと普通じゃなかろうと、自分

に持ち得ないものを力尽くでも手に入れなければ「しあわせ

に思えない」というのは、やはり “違う” んですよ。



 「現実がおかしいから、現実を自分に合わせて作り変えよ

う」

 マイノリティに限らず、現代人はほとんどみんながそうい

う考え方です。それで当然だと思ってる。

 それが、等身大の自分の力で出来る事なら、それでいいか

もしれない。けれど、たまたま日本のような先進国に生まれ

たからといって、テクノロジーとエネルギーの力で自分の望

みを果たすのは、謙虚さに欠けるでしょうし、社会構造を言

葉の上でいじったところで、それは言葉でしかない・・・。

 それで本当にしあわせになれるのですか?



 「これを実現したら、次はそれ。それを実現出来たら、そ

の次はあれ。」

 キリが無いんですよ。


 当人たちがそれで喜んでいるのに、ケチをつけることはな

いかもしれない。でも、私は疑問に思う。

 世の中の物語に、現代の物語に、振り回されているんじゃ

ないの?

 どんな境遇であろうと、「自分がいま在る」そこに立ち戻

ってから、生きることを考えるべきでしょう。

 そして、ほんの少しばかりでも自分のことを気に掛けてく

れる人でも居るのなら、大ラッキーと思っていい。

 社会的にどんな立場に立てるとか、どんなことが出来ると

かは、二の次の次の話です。



 政治家の半分以上は、大なり小なり杉田水脈のような考え

でしょうよ。それが日本だもの。それが現代だもの。

 それを批判するつもりで同じリングに上がるのは、同じ資

質を持っている可能性が高い・・・。



 書いているうちに、少し腹が立って来てしまった・・。

 言葉足らずは承知の上で、ミイラ取りがミイラになる前に

止めにしよう。
 

 その前に、誤解を招かない為に一言。



 杉田水脈は、ダメだね。

 LGBT は、単に人です。




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