2018年7月27日金曜日

キャプテン ストライダムと幽霊


 今日は、「幽霊が出ると、坊さんが呼ばれるのはなぜ

か?」ということについてのお話です。



 この話をするきっかけになったのは、前回、キャプテン 

ストライダムというバンドの曲のことを話のネタにしたから

なのですが、キャプテン ストライダムと言っても、大抵の

人は知らない。それどころかこのバンドはもう無い。



 キャプテン ストライダムは2003年にアルバムデビュー

し、2008年に4枚目のアルバムを出した後、活動を止めま

した。その理由は明らかではないですが、要するに「売れな

かった」からだと思われます。(ホントの事は知りませ

ん!)

 けれど、ホントにいいバンドでした。



 ギター・ベース・ドラムのスリーピースバンドで、あの

本隆が立ち上げた『風待ち』といレーベルの、最初のバンド

です。(二番目以降があるのかどうかは知らない)



 ファーストアルバム『ブッコロリー』の、 “ポップでロッ

クでイチコロリー” というキャッチコピーそのままの、“ポ

ップ” で “ロック” な詞とサウンドが転がって行く(コロリ

ー)、今までにないバンドだったのでした。



 カスだらけの Jポップにあって、ヴォーカルとギターを担

当し、詞と曲を作るメインパーソンの永友聖也は、タイプこ

そ違え、バンプオブチキンの藤原基央と並び立つ天才であ

り、Jポップから生まれた数少ない宝だと、今も思っていま

す。

 その遊び心あふれる詞と曲のセンスは、後にも先にも無

い。



 歌謡曲とアニメソングと “みんなのうた” を合わせた詞

を、ビートルズとローリングストーンズと浜口庫之助に遊ん

でもらったような曲にフィットさせ、歯切れのいいプレイに

のせて行くのだが、その「歯切れの良さ」の要となっていた

のが、菊住守代司のドラムだった。


 私はドラムにはあんまり関心が無いのだが、いままでに二

回だけ、ドラムを聴いて感動したことがある。フリートウッ

ドマックとキャプスト(キャプテンストライダム)だ。

 菊住のスティックは、他のドラマーよりも5mm深く、ド

ラムヘッドに叩き込まれる(ような気がする)。

 その圧倒的な力強さとキレは、聴く者のハートをサクサク

と刻み、思考をバラバラにしてゆくのだ。

 その強すぎるほどのドラムと、ともすればノリ過ぎてしま

う永友のヴォーカルとギターを、梅田俊介のベースが曲の中

に押し戻す・・。

 そうして、“ロックな” プレイのなかで、“ポップな” 詞と

曲が小気味よく転がって行く。あぁ~、もったいない。もっ

と聴きたいなぁ・・・。



 キャプストは一度「Mステ」に出た。

 そしてこともあろうに、『風船ガム』という松本隆作詞の

曲で、出た。失敗だった。

 『風船ガム』以外の全ての曲は永友によるもので、それで

あればこそ、“ロックでポップでイチコロリー” だったの

に・・・。



 私は、松本隆は阿久悠と双璧を成す大天才だと思ってい

る。しかし、あの「Mステ」での『風船ガム』が松本隆の意

向だったのであれば、あれは松本隆の汚点となったと思う。

 いまいちしっくり来ない曲をプレイしている、ノリ切れな

いメンバーたちの空回りが悲しかった。今も悲しい・・。

(『キミトベ』か『流星オールナイト』でもやっておけば、

メジャーになっていたことだろう)



 と、気持ちが入って、キャプストの紹介が長くなり過ぎた

けれど、これはこれでいい。ほんとにいいバンドだった。



 さて、幽霊と坊さんである・・・・・、ちょっと休憩しよ

う・・・。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 さて、幽霊と坊さんである。


 『番町皿屋敷』の “お菊” は、主人の大切にしている十枚

揃えの皿の一枚を割ってしまった為に殺される。それを恨ん

で夜な夜な幽霊となって現れ、「足りない皿」を数え続け

る・・・。

 たかが皿一枚割っただけで殺されたんだから、幽霊になる

ほど恨んでも仕方はない。気持ちは分かる。しかし、その 

“お菊” の行為(?)を、キャプストは「足りない皿を数え

続ける 真夜中二時のバカヤロー」と歌う。

 ちょっと可哀相な言い草とは思うのだけれど、やっぱり 

“お菊” は「バカヤロー」なんです。

 なぜかといえば、済んだことなどどうでもいいから、さっ

さと成仏しちゃえばいいんです。せっかく成仏できる機会に

恵まれたんだから(これも随分な言い草である)。それなの

に、“魂魄この世に留まりて・・・” 、「バカヤロー」で

す。アタマが悪いんです。ということで、坊さんが登場しま

す。



 坊さんは〈仏教〉を学んでいます。

 〈仏教〉は、「人が不幸になるのはアタマが悪さをするた

めだから、“アタマの悪さ” を取り除けばよい」という教え

です。だから、幽霊という “アタマの悪い” ものが現れる

と、「ちょっと教えてやってよ」と坊さんが呼ばれるわけで

す。

 とはいえ坊さんは、そもそも生きた人間相手に教えるもの

なんです。幽霊相手に教えを説くことが出来るのでしょう

か?



 出来ません。

 坊さんは、幽霊とコンタクトをとることは出来ません。

 お経を唱えたり、真言を唱えたり、お札を貼ったりしてみ

せますが、それはただのパフォーマンスです。幽霊に対して

何の意味も持ちません。なぜかと言うと、そもそもそこに

霊はいないからです。



 ところが、これが効果を上げることがあります。「いな

い」幽霊に対して、なぜ効果があるのか?

 それは、坊さんのパフォーマンスを、 “幽霊を見る人” が

見ているからですね。


 ほんとは、幽霊が居るのは “幽霊を見る人” のアタマの中

です。それなのに、外に幽霊が居ると思っているのですね。

 幽霊は〈アタマが悪い〉けれど、幽霊を見る方はもっと

〈アタマが悪い〉。「オオバカヤロー」です。

 それゆえに、坊さんのパフォーマンスは、効果を上げる為

に複雑な経過を辿ります。



 坊さんは、幽霊に向かって「アンタはアタマが悪いよ。成

仏しなさい」という趣旨のことを伝えるふりをします。

 その姿を “幽霊を見る人” が見て、「そうだそうだ」と思

います。そして「アイツ、ほんとにアタマ悪いよな!」と幽

霊のアタマの悪さを確認することで、幽霊の方が、自分(幽

霊を見る人)より劣る存在だから、こちらに危害を加える能

力は無いと安心するのです。そして、めでたく幽霊は消えて

ゆきます。さて、一番バカは誰でしょう?



 幽霊はそもそも居ないのですから、関係ありません。

 坊さんは、そんな持ってまわったパフォーマンスをする必

要などないのに、商売でやってます。本分を忘れたバカ者で

すし、“幽霊を見る人” のアタマの悪さをどうにかするどこ

ろか、いっそう悪くしかねません。

 パフォーマンスを「必要悪」と考えて、「普通の人の困り

ごとだから、普通の範囲内で納めおいてやろう。バカにつけ

る薬はないし・・」というのならまぁ仕方がないところです

が、坊さんとしては褒められた事ではありませんね。それど

ころか、当の坊さんが「本気」で幽霊に引導を渡すつもりだ

ったりもします・・。あぁ~っ、馬鹿・・・。



 「真夜中二時」に幽霊を見てしまう人間はバカです。

 それまでに自分がしてきた事に、後ろめたいものを感じて

いたり、世の中の “自分が知っているストーリー” には無い

感覚を覚えたりした時に、そのことに “意味付け” しなけれ

ば気が済まなくて、お手軽な「オカルト」に手を出してしま

う・・・。



 「なんか、ヘンなの!?」って、そのまま保留にしておけ

ばいいものを、アタマは保留が嫌いなものだから、幽霊でも

UFOでも超能力でもいいからストーリーにしてしまいたいん

ですね。

 なぜなら、アタマにとって「思考に組み込めない事」は、

「思考が作り出す〈怖い話〉」より、もっと怖いんです。だ

から幽霊を見てしまう。幽霊を見ることを選択する・・・。
 

 そういう状況にある人に対して、坊さんなら「分からない

事は、分からないままにしておきなさい」って言ってあげな

きゃいけない。

 「それが本当に幽霊だとしても、幽霊も仏の世界のものだ

から、何も心配は要らない。“なんまんだぶ、なんまんだ

ぶ” ってお迎えしなさい」ぐらいのことは、言っていい。な

に、お祓いしたりして・・・。一番のバカヤローは、やっ

ぱり坊さんですね。



 と、まぁ、坊さんの商売にとって幽霊は必要なんですが、

本当は、幽霊は祟らないんです。“幽霊を見る方” が、勝手

祟られるんです。本当に祟るのは、生霊です。

 もう数千年も前から、世界中に生霊が跋扈して、おぞまし

い災厄をもたらし続けていますが、誰もそれが生霊のしわざ

と思っていない。

 生霊こそが、祓うべきもので、その為にこそ坊さんが活躍

すべきなのですが・・・・、続きはこの次に。




 と、一応終りなんですが、キャプストのファーストアルバ

ムのジャケットのことを思いだしました。

 このような、映画『リング』をモチーフにしたジャケット

なんですね。









 だから、彼らが消えてしまったのではないでしょうが、幽

霊を「バカヤロー」と言い、そういうストーリーをせせら笑

う彼らの感性は、世間の感覚には相容れなかったとは言える

のでしょう。世間は、幽霊が好きなんですよ。“魂魄この世

に留まりて・・・・。っていうのがね・・・。







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