2020年10月5日月曜日

一人で泣いている



 前に書いた『生きる価値など無いあなたへ』
(2020/4)

いうのを読み返していて、自分で涙が出そうになった。バカ

だね。


 こういう話が自分のアタマを通して出て来たなんて信じら

れない。イイ話だ。読んでいてありがたかった。

 別に自画自賛しているわけではない。私の能力が書かせた

ものではないからだ。たまたまご縁があって、なりゆきで私

のアタマを通ってきたというだけだから。だから自分で書い

たにも関わらず、自分が慰められてしまう。やっぱりバカ

か。


 わたしたちは、「自分は価値のない人間だ」とか「価値の

低い人間だ」という思いに囚われると酷く苦しむ。人の苦し

みの多くの部分がそこに由来する。だから、「そもそも〈価

値〉というものが生きていることの本質なのではない」と言

ってもらえると、少し気が楽になる(ならない人もいる)。

なので、今は存在していない “過去の私” が発した言葉が、 

“今の私” にはありがたくて、涙が出そうになったのだ。バカ

だな。


 でも、「価値が無い」のだからバカで当然だろう。

 バカでも生かせてもらえてることだし、そこにはバカであ

ればこその喜びというものもある。この前「しあわせは考え

の外にある」なんてことも書いたし、ものが考えられないバ

カはしあわせだともいえる。なんだか “バカ” をバカにしてる

みたいだけど、そういうわけではない(断っておきますが、

「差別発言だ」と取らないで下さいね。そういう意識は無い

から)。

 ちょっと考えればわかるけれど、「自分はバカではない」

と思いたがることが、自分を苦しめ、他人を傷付けるのだ。

人というものがバカに甘んじる世の中の方が平和だろう。

(もう一度断っておきますが、差別意識はありません。ここ

で言う「バカ」とは社会的な意味合いにおいてのバカです)


 私の「生きる価値」など無い。

 そんなもの自分で持てない。

 「これが自分の生きる価値だ」などと思おうとすると、す

ぐに自分の中の何処からか横やりが入る(他人からも入った

りする)。私の「生きる価値」などない。悪あがきは辞め

て、そこに落ち着いてしまった方が良いのだろう。


 自分の「無価値さ」を、泣いて笑って、受け入れて・・。

それでもそこに残るものがある。そこに、なんとも微妙でほ

のかな温かさを感じる・・・。


 ちょっと泣こう・・・。

 バカだね・・・。



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