2017年3月14日火曜日

戦争法案ハンターイ!



 以前、ある駅前で「戦争法案ハンターイ!」「愛する息子

や孫を戦場におくるな!」とか言いながら、署名活動をして

いる婦人団体に出くわして、「その『愛する息子や孫』って

いうのが曲者なんだよなぁ」などと呟きながら通りすぎまし

た。


 もちろん、わたしも戦争には反対ですが、反対の理由に

『愛』が出てくると、「ちょっとマズイなぁ」と思っちゃう

んです。

 なぜかというと、普通にわたしたちが口にする『愛』には

色濃く執着が詰まっているからです。

 『愛する息子や孫』が、もしも他国の国家的な暴力で命を

奪われたら、果たして理性的にいられるか?

 『愛する』が故に、なおのこと憎しみが増し、報復を望ま

ずには居られないのではないでしょうか?

 自分の国の人間が他国に殺されたら、それが見知らぬ人で

あっても、「許せない!」「報復しろ!」ぐらいのことはす

ぐに言い出しかねないのが、わたしたち人間だと思いますけ

ど? そう思いません?

 それが『愛するひと』だったら、「自分で殺しに行く」な

んてことまで言い出しそうです。

 『愛』などという言葉・感情を、深く捉えもせず、戦争と

いうやっかいな人間の営みを考える足掛かりにするのは、甘

すぎると思うんですけどねぇ。


 私の心の中には、悪魔が眠っています。今、たまたま大人

しくしているだけで、キッカケがあれば、何を仕出かすかわ

かったものではありません。運よく、こんなブログを気楽に

書いていますが、とっくの昔に人殺しでもやらかして、刑務

所に入っていても不思議ではないんです。

 べつに私は犯罪者気質ではないですよ。自分で言うのも何

ですが、職場でも家庭でもご近所でも、優しいイイ人で通っ

てます。警察のお世話になったこともありません。でも、私

の中にある悪魔性を認識しているんです。そして、それは誰

にでもあると思っています。ひとは状況次第で何を仕出かす

か分からないものだと。


 《 悪魔でもその目的の為に、聖書を引用することが

   出来る 》
 

 そう言ったのは誰だったのか?忘れましたが、『愛』とか

『正義』なんて言葉を、悪魔は大好きです。そういった言葉

に関わると、ひとは理性を失い易いから。

 ところが、「愛する息子や孫を、戦場におくるな!」の御

婦人方は、自分の中に悪魔が眠っているなんて、きっと、考

えたことも無いと思うんですよね。 そこが悪魔の思うツボ

で、ひとは自分で気付いていないことはコントロールできま

せんから、いつのまにか「戦争ハンターイ!」が「アイツら

を許すなー!」になっていても驚くに足りません。

 ほんとうに恐ろしい事は、善意の中に隠れていたりします

からね。  ホント、私は自分が怖いです。

 「どうか、私が恐ろしい事を仕出かしませんように。」

 ・・・・・・・。

 

 

 

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