2021年4月25日日曜日

レコードを聴きながら愚痴を言ってみたり・・・



  今、ユーミンの『悲しいほどお天気』というレコードを聴

いている。1979年のアルバムで、ユーミンの中では一番

好きな作品だ。これまで何度聴いたか知れないが、それにし

てもレコードの音ってなんでこうも良いのだろう。やっぱり

デジタルより柔らかくて繊細に感じる。

 情報量も多そうだ。耳では聞こえないからとデジタルでは

カットしてしまう音がレコードには残されていて、そういう

部分をわたしたちは皮膚などでも聴いているらしいから、実

際に情報量は多いのだろう。情報をすべてデータにできるな

んて思ったら大間違いだ。


 世界は分けることができない。単にわたしたちの意識が分

けたつもりになれるだけ。

 思考は、物事を分けなければ働けないし、存在できない。

なので、なんでもかんでも分けてしまうという業を持ってい

る。それが人間の愚かさの根源でもあるだろう。

 まぁ、音楽をデジタルにしたことぐらいは愚かとは言えな

いが、勇み足ではあったのだろう。だから、最近レコードが

少しばかり復活してきている。


 世界は分けられない。

 分かれていない。

 「分けてしまうけれど、本当は分かれていないんだ・・」

 誰もがそのことに少しばかり意識を向けるようになれば、

人の世の中もちょっとはマシなものにもなるだろうに・・・

あっ!いま音が跳んだ!

 レコードに傷は無かったはずだから、たぶん汚れだろう。

カビでも生えたのかもしれない。あとで調べないと。・・・

レコードは面倒臭い。


 でも、どんなに効率よく便利になっても、この世から面倒

が減るわけでもない。面倒の処理にも効率とスピードが要求

されて、かえって心理的な負担は大きくなっているとも言え

そうだ。スマホにどうでもいい通知がやたらと入ってきた

り、いい迷惑だ。便利さはその背中に面倒を背負っている。

エントロピーの法則により、秩序は別のところにその分の無

秩序を生み出してしまうのだから。


 レコードのほこりのノイズに舌打ちをしたり、いちいち裏

返さなければならなかったりするのは、面倒でもなにやら自

分が生きていることの身の内のような感じがする。

 ・・・と書いたところで、タイムリーにもスマホの通知音

が鳴った・・・。

 天気のお知らせだった。

 お呼びじゃないよ。


 植木等は、「お呼びじゃない」と気付いたら「こりゃまた

失礼しました!」と詫びたけど、スマホとその向こうにいる

人間だとか AI だとかは失礼だとは思っていない。そう、

「便利」というものは失礼なものでもあるのだった。


 ということで、今から『イブニングスキャンダル(邦

題)』というボビー・コールドウェルのレコードを聴くこと

にする。こちらは1978年の作品。

 ではさようなら。ごきげんよう。



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