2018年2月22日木曜日

大杉 漣さん 逝く


 俳優の大杉 漣さんが亡くなったそうだ、特別にフアンだ

というわけではないが、好きな俳優さんのひとりだったの

で、少し残念に思う。
 

 あしたのことは 誰も知らない
 生きているかどうか それもわからない
 愛は 夢か まぼろしだけど  信じればあるさ

 君と僕の手をむすぶとき 遠い空に
 見えるものがある あそこまでは行ってみよう


 今 あるものが それがすべてだ
 過去や未来の 夢を忘れよう
 道は 遠い山道だけど 一歩一歩登れ

 愛が僕たちを 押し上げてくれるだろう
 鷲が空を舞う 風も甘い 山の上へ


 泣いているひまは無い 命は 今だけ
 

 愛が僕たちを 押し上げてくれるだろう
 鷲が空を舞う 風も甘い 山の上へ



 1982年に郷ひろみがリリースした『愛の神話』という

ルバムの中で、映画『愛と春の旅だち』のテーマ 

“Up where we belong” をカバーした時の、日本語詞

(なかにし礼 訳)です。

 原曲の詞を知らないので、それに沿った訳になっているの

か分かりませんが、好きで、昔からよく聴いている歌です。

 大杉 漣さんの訃報を書いていたら、ふと、思い出しまし

た。


 良い歌詞だと思います。

 「あしたのことは誰も知らない」

 「今 あるものが それがすべてだ」

 「泣いているひまは無い 命は 今だけ」


 “明日、生きているかどうか分からない”

 そんな想いに強く囚われた時に、「好きな事をしよう」

と、それまで以上に、社会の中の自分にエネルギーを使う人

がいます。

 “明日、生きているかどうか分からない” のに、社会のパ

ーツとしての自分に集中するなんて、私には考えられないこ

とです。


 私なら、より一層自分に親しみたい。

 より深く自分を味わいたい。

 自分を通して、社会の外にある世界を感じたい。

 何かとの関係性の中の「自分」ではない、元々の〈絶対の

自分〉でいる時間を、出来るだけ持ちたいと思う。

 現に、毎日そう思って生きている。(いつでもそう出来る

わけではないけれど・・・)


 「今 あるものが それがすべてだ」


 私にとって  あなたにとって  「今 あるもの」とは

何か?

 この部屋にあるもの?

 銀行や郵便局にある貯金?

 家族や友人?

 仕事?

 いや、自分が住んでるこの街も「今 あるもの」だ。

 生まれ育ったこの国も、私にとって「今 あるもの」だ。

 地球や太陽系や宇宙全部も、私にとっての「今 あるも

の」だ。

 誇大妄想?

 いいや、事実です。

 もちろん「所有」ではなく、“共に在る” 。

 「共在」しているのです。

 「今 あるものが それがすべて」というより、

 「今 すべてが ある」。


 いつでも、いつでも。

 その瞬間、その瞬間。

 「今 すべてが ある」

 今、この時、欠けているものは、なにもない。


 実際、「すべてがある」でしょ?

 見えなかったり、手が届かなかったりするけれど、今、自

分がいる宇宙の端から端まで、すべて何ひとつ欠けていな

い。

 大杉 漣という、ひとつのパーソナリティが失われた。

 でも、それは「何かが欠けた」のではない。“ある存在” 

の「存在のし方が変わった」だけだ。


 大杉 漣さんの訃報について書き始めたのに、話はそれを

飛び越えてしまって、大杉さんの死が “話のキッカケ” でし

かないような形になってしまった。はなはだ申し訳ない。

 大杉さんの人となりが好きだった。

 深刻にならずに、ものの本質を見極めようとする真摯さ

を、その姿から感じていた。 

 もう少し、見ていたかったと思う。


 大杉さんの冥福を祈ったりはしない。あの世に地獄は無

い。(「冥福を祈る」なんて、つまんない言葉だ)

 ただ、「楽しませて貰いました。ありがとう。」

                      さよなら。




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