2020年9月29日火曜日

しあわせは何処に?



  自殺する人は考える。自分の置かれたあまりにも苦しい状

況から、どうやって脱け出せばいいのか? どうすれば、この

状況を変えることができるのか? 考えに考え続けてそのあげ

くに答えは無い。

 変えることはできない。脱け出すこともできない。残され

た方法は自分がここから消えること・・・。だから、消え

る・・・。「死ぬ」しか生きる道は無い・・・。


 衝動的な自殺というものもあるらしい。そういう人は考え

なかったか?

 そういうことではないだろう。まわりからは一見つながり

が見えないだけで、当人は考えに考え続けていただろう。自

分で意識しているかどうかはともかく。


 考えなければ自殺することはないだろう。人間以外の生き

物が自殺しないのは考えないからだ。人も考えなければいい

のだが、残念ながら考えてしまうのが人間というものだ。

 考え過ぎの一つの極が、自殺というものだろうが、そもそ

も「考える」ということが諸悪の根源といえる。


 人は考える。どうしたらしあわせになれるか?

 しかし、どんなに考えてもしあわせにはなれない。しあわ

せは「考え」の外にある。「考え」から離れた時に人は初め

てしあわせになる。「考え」の外にはしあわせが満ちてい

る。けれど、「考え」はそれを知らない。「考え」は「考

え」の外にあるものに考えが及ばない。「考え」を介さず

に、ダイレクトに意識に繋がることが在ることなど分からな

い。

 「考え」には “実感” というものが分からない。

 「考え」に覆われてしまった意識は世界の実感を失う。命

の実感を失う。もちろんそこにはしあわせなど無い。しあわ

せとは世界を実感し、命の実感の中に在ることだからだ(ち

なみに「考え」の外では〈世界〉と〈命〉は同じものだ)。


 出来得るなら、人は「考え」の外に出る方がいい。それが

難しくても、“「考え」の外” というものがあることを意識し

ている方がいい。それだけでも「考え」から少し外れること

はできるから。


 人は考えるほどに不幸になる。

 「考えること」に唯一救いがあるとすれば、「考えない方

がしあわせなのだ」と考えることができることだけだろう。


 一つ付け加えておこう。「考え」によって取りまとめられ

ている「人生」というものの中にもしあわせは無い。しあわ

せは「人生」の外にある。

 「人生」はオマケだからね。



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