2017年9月23日土曜日

素直なひねくれ者に生まれて。


 〈素直〉というものは、良いものなのだろうか?

 「素直な良い子」という言い方は普通だが、「素直な悪い

子」とは誰も言わない。よって〈素直〉は良いこととするの

が普通だろう。

 しかし、〈素直〉という言葉は、個人の資質をほめる為に

使われるより、「素直じゃない」と批判する時に使われる方

が多いだろう。


 「素直な良い子」というのは、“他人の言う事に従順な子”

であって、“周りにとって都合がいい子” を指す。だから、

〈素直〉というのは、“個人の中の社会順応度” のことを指

している。「自分に素直な者」は、往々にして「ひねくれ

者」とか「自己チュー」と呼ばれる事になる。


 私は「自分に素直」な方だと思うけれど、同時に、人に気

を使い過ぎる面があるので、「自己チュー」ではなく、“あ

あ言えばこう言う「ひねくれ者」” と言われる。

 自分に素直に、人とは違う考えを口にしてしまうのだが、

気を使うので、それを “ああだこうだ” と説明してしまう。

結果的に “ああ言えばこう言う「ひねくれ者」” 、という評

価になる。まったく筋が通った話ではある。


 筋は通っているけれども、それで私に不服が無いかという

と、無いはずが無い。心の中で「バカヤロー・・」と思って

いる。なぜなら、私を「ひねくれ者」と評価する、その「素

直な人達」は、〈素直〉を要求されない所に来ると、自分に

〈素直〉になって、陰口を叩くからだ。要するに「嘘つきの

卑怯者」なのである。私が「バカヤロー」と思うのも無理は

ない。


 そもそも人間に〈素直〉ということは可能なのか?

 人はみんな微妙に違っている。肉体的にはもちろん、価値

感も考え方も違う。

 仮に、10人の人間を、考え方が少しずつ違う順番に横一

列に並べたら。右の端と左の端では全く違った意見になるだ

ろう。

 人間とはそういうもので、ひとつの事柄だけでも考えが違

うのに、ざまざまな事柄について雑多な考えや感情を持った

人間たちが、“他人の言う事に従順” でいられるわけが無

い。だから「素直な人達」は陰口を叩かずにはいられない。

 「セコイ!」

 そう言わせてもらおう。


 「セコイ!」なんてバカにして、それじゃぁ「自分に素直

に、周りを気にせず思ったことを言え」と言うのかという 

と、“「自分に素直に周りを気にせず思ったことを言う」奴”

は、バカに決まってる。だって、みんな違うんだから、自分

をそのまま出し合えば、衝突して揉めるのに決まってる。そ

んなことを分からなかったり、気にならなかったりするのは

バカでしょ。


 自分にも、周り(他人)にも素直になれないのなら、どう

するのか?

 「どうするのか?」以前に、そもそも、〈素直〉という言

葉を人間関係に適用することが間違ってるんじゃないか。

 「〈素直〉なんて言葉を使うな!」

と言いたいですね。

 〈素直〉という言葉が使われるのは、〈素直〉という言葉

を使う側が、自分の都合を優先したい時です。


 「素直になれ」と言う側は「わたしの納得する様になれ」

と言ってるわけだし、「わたしは素直に言ってるだけです」

とか言う人は「自分の考えを主張している」わけだし、

「(自分で)素直になりたい」なんて言うのは、想定上の自

分の都合で現実の自分を否定して、自分の中で対立しちゃっ

てるわけです。

 たまたまめぐり合わせが良かったり、タイミングや相手の

状況をよく考えて使うのなら、「素直になれ」という言葉が

相手の「変わりたい」という気持ちと噛み合って、良い変化

を生むこともあるけれど、大抵の人間は自分の都合で言って

るだけです。


 「素直に・・」という言葉が出てくる時には、その前に小

さな対立が起ってしまってる。そこに「素直になれ」なんて

言葉が出て来ると、対立は完全に明らかになつて立ち上がっ

てしまう。「素直に・・・」なんて、使わない方が賢明で

す。


 「あの子、素直だね」なんて、ほめ言葉で使う事もありま

すが、当の本人がホントに素直に言う事を訊いているのか、

分かったもんじゃありません。

 「あのバカ野郎・・・」と思ってるかも知れません。


 〈素直〉を、人の資質の一つと考えて、人の評価基準に使

ったりするのは辞めた方がいいでしょう。

 なぜなら〈素直〉というのは、“ある考えを採用するのが

自分にとって有用かどうか” という個人の中の作業に、外か

ら 合・否 を与える言葉だからです。


 〈素直〉は、個人の資質や性格ではなく、ある人間が、

の時々の状況と親和性があるかどうかだけの話で、「素直な

人」とか「素直でない人」とかが居るわけでは無い。


 人が意思表示をした時、取り巻く状況(人や組織)の方が

優位である時だけ、「素直だ」とか「素直でない」とかの評

価がされる。はなはだ強権的で不公平なものです。

 また、「わたしは素直に言ってるだけです」などと言う人

は、周りの強権的な態度に、理不尽さを感じて抵抗している

わけなので、当人が自発的に〈素直〉をアピールしているわ

けではない。

 そして、「素直になりたい」というのは、理想の自分が現

実の自分に強権を発動している状態です。


 いずれにせよ〈素直〉という言葉は、対立を深める役にし

か立たない忌むべき言葉です。

 人間関係の中では使うべきではない。使うメリットが無

い。

 もちろん、人が素直に従うこともありますよ。でもそれ

は、人間関係がスムーズに進む状況が出来ているのであっ

て、そこに居る人が「素直な人」だからではない。要求され

る事と、対応する方の条件が合致している為にスムーズに事

が進むだけの話です。


 人に関して〈素直〉という言葉を使うのは、禁止しましょ

う。百害あって一利なし。

 〈素直〉という言葉が無くても、何も困ることはないはず

です。むしろ、有ったら困ることを生み出すだけ。

 ただ、他人を従わせたり、自分の優位を感じたい人にとっ

ては、大事なツールが無くなることになるので、嫌でしょう

ね。


 〈素直〉を人に使ってはいけませんが、唯一使って良いと

したら、人間関係を超越した人にだけでしょう。


 《 〈社会〉とは、個人のエゴの集まったもの

   〈自分〉とは、社会の要求が作り出した

               一人分のエゴのこと 》


 そのどちらにも束縛されない、自由闊達な人であれば、

〈素直〉と言って良いと思います。


 はなはだしく、素直では無いお話になりました。

 「ああ言えば、こう言う」にも程がある。

 でも、反省はしませんよ。



 “素直じゃないねぇ~・・・”






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