2024年1月2日火曜日

ひどい正月だけど・・・



 昨日ブログを書きかけていたら、北陸で強い地震が起きて

書くのをいったん止めた。

 パソコンをさわっている最中、ユッサユッサと揺れ始め、

「この揺れだと少し離れたところで強い地震が起きてるよう

だな」と思い、すぐに『ウエザーニュース』を開くと「石川

県で最大震度7」「津波の予想高さ3m」などと出ていて、

「これはやばいやつだな」と思ったので書きかけていた話は

やめた。

 「それにしても、元日からこれではたまったもんじゃな

い。あまり酷い被害にならなければいいのだが・・・」と昨

日思ったのだけれど、一夜あけてニュースの映像を見ている

と、古い木造家屋が沢山倒壊して道をふさいでいたり、大規

模火災が起きて広い範囲が焼けてしまっている。見ていると

阪神淡路大震災の時と被災状況が似ていてデジャブのよう

で、火事跡の焼け焦げた臭いや、倒壊した家屋の土壁の臭い

や、独特の肌寒さなんかの感覚がよみがえってきた。被害は

大きそうだ。


 ・・・というとこまで書いたところでいったん書くのをや

めて、「続きは夜に」と思っていたら、羽田空港で海上保安

庁の飛行機と旅客機がぶつかり、双方が燃え上がる事故が起

きた。旅客機の乗客乗員は全員無事ということで良かった

が、海上保安庁側の乗組員は現時点では5名死亡・1名が重

症とのこと。ひどい正月になった・・・。


 地震で被災した人、双方の飛行機に乗っていた人、地震と

事故に対応する関係者とその影響によるトラブルをまともに

受けている人、新年早々自分がそんな目に会うと、ちらりと

でも思った人はひとりもいないだろう。


 私は中学生ぐらいから “新年のあいさつ” が苦手だ。

 そのころから「あけましておめでとうございます」と聞く

と、「何がめでたいの?」と思ってしまうようになってしま

ったので、言われるのも気詰まりだし、自分が言うのも気持

ちがこもらないので嫌だ。


 昭和の前半ぐらいまでなら、赤痢だとか結核だとかで子供

や若い人が死ぬ確率が高く、新生児の死亡率も高かったの

で、一年生き延びて新しい年を迎えられることを「めでた

い」という実感もあっただろうけど、今はそうではない。重

い病気に罹っているのでもなければ、みんな当たり前に「自

分は来年も生きている」と思っているだろうし、今の生活が

それなりに順調なら、それもまた「来年まで続くだろう」と

思っているだろうから、「あけましておめでとう」という言

葉に思い入れなどないだろう。単に「そういうもんだから」

というだけで、みんな「あけましておめでとう」と言ってい

る。

 そんなふうに私は現状を理解しているので、「何がめでた

いの?」と思ってしまう。そして、正月かどうかなど関係な

く、昨日や今日のような事も起こってしまうんだから・・。


 〈 門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくも

なし 〉という一休さんのものとされている句がある(桃山時

代には「一里塚」はなかったので、一休さんの句ではないら

しい)。私も、正月だからといって「めでたい」なんて無神

経に言ったりするのは嫌だけど、元日から地震というのはあ

んまりだ。「めでたくない」にもほどがある。

 とはいえ、起きてしまったのならしようがない。辛抱する

しかない。


 阪神淡路大震災の時、当日か翌日に被災地から大阪へ避難

した人が、大阪で何も変わらず人々が過ごしているのを見

て、被災地とのあまりのギャップに驚き、「悲しさと腹立た

しさが込み上げて来た」と言っていたのを覚えているが、私

は今朝はおせちを食べながら能登の震災のニュースを見て、

昼から初詣に出かけ、帰宅してから夕食をとりつつ飛行機事

故のニュースを見ていた・・・。なんとも言えない気分だ

ね・・・。


 誰もみな、自分のさだめを生きるしかない。引き受けたく

ないさだめも、大歓迎のさだめも、それがさだめなら受けて

ゆくしかない。


 〈 災難に逢う時節には、災難に逢うがよろしく候。

      死ぬ時節には死ぬがよろしく候。 

       これはこれ、災難を逃るる妙法にて候 〉

                      良寛

 

 



 

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