2019年6月16日日曜日

何用あって大気圏外へ?



 最近、宇宙関連のビジネスのニュースをよく目にする。

 いろんな投資家・事業家が宇宙旅行や衛星の利用などのビ

ジネスに参入しているようだけれど・・・。


 半世紀も前、アポロ11号が月へ行った時、山本夏彦氏は

「何用あって月世界へ」と言った。当時、そんな技術力を持

っていたのはアメリカとソ連だけだったけれど、今や民間参

入が可能な時代になって、猫も杓子も「宇宙へ!」と息巻

く。

 「何用あって大気圏外へ?」。


 もはや地上ではビジネスのネタが尽きたのだろうな。

 「何用」も無くても、とにかくビジネスを続けなければな

らない。経済は拡大し続けなければならない。「地球でする

ことがないのなら、宇宙だ!」ということなのだろう。


 まあ、好きなようにすればいい。

 どんな問題を引き起こそうとも、どんなにムダでも、他に

すべきことがあっても、そういう必然なのであればそうする

しかないからね。人は愚かなまま行くのだろう。行けるとこ

まで・・・。
 

 人が宇宙に関心を持つのは、「自分たちが生きているこの

世界がどういうものであるかを知りたいから・・」だったと

思うけれど、そこに政治や、ましてや商売が絡んで来ると、

もう別の話になってしまう。ただでさえ地に足が着いていな

いのに、もはや完全な妄想の世界に入り込む事になる。「何

用あって大気圏外へ?」。


 バカな科学者が「火星の環境を地球のように変えて、住む

ことが出来るようにするのは可能だ」とか言う。目立ちたい

だけなんだろうな。

 ああいうことを言う奴は、すぐに「生命の存続に必要な 

“水” があるかどうか」というけれど、仮に十分な水があっ

たとしても、地球型の生物のからだを構成するのに必要な、

炭素や窒素などが無ければ(それだけじゃ済まないけれ

ど・・)、増える事はできない。それはどうするの? 

 地球から運ぶの? 他の惑星からメタンガスやらアンモニ

アなんかを採って来るの? 

 コスパが悪すぎてどうにもなんないだろうな。

 もういいかげんにしたら?


 終りなんだと思うよ。この文化は、文明は。

 滅びるとかいう以前に、もう行き詰ってるんだよ、あらゆ

る面で。もう新しいことは生み出せない。

 人の考えうること、出来うることは、基本的に出尽くした

んだと思う。残っているのは、ちょっとしたアレンジを加え

ることだけ。それすらもあと数十年で行き詰るような気がす

る。

 商売やテクノロジーだけの事ではなく、芸術でもエンター

テイメントでもフアッションでも他のあらゆる文化でも、も

う考えつくされてしまっている。


 今日は『ゴジラ キング オブ モンスター』を観て来たんだ

けれど  ゴジラ映画はすべて観るようにしている。そうい

う世代の男子なもので  、怪獣のバトルが迫力があって、

娯楽映画として面白かったけれど、ストーリーはもう目新し

くない。もう新しい発想は出て来ない。最後は、アメリカ人

大好きの、“家族の絆” だし・・。


 認めるべきだと思うけどね。「もう終わりなんだ・・」

と。

 大気圏外へ行ったってしようが無い。

 「宇宙」なんていうけれど、月だって地球の衛星であって

地球圏内なんだから、「宇宙へ行った」なんて言えるのはせ

いぜいボイジャーとか火星探査機とかぐらいだろう。

 「大気圏外へ」なんて、バカみたいに(というかバカだけ

ど)エネルギーを浪費して、話のタネになるだけでしょう?

ちょっと自慢したいだけでしょう? 

 そんなことを「凄いこと」のようにもてはやすのはもうや

めにしたらと思うんだけどね。


 もう終わりなんだよ。

 もうすることないんだよ。

 “ちょっと刺激があるだけのどうでもいい事” を、「価値

が有る」ことのように吹聴し合って、その実、経済に動かさ

れてるだけなんだ。わけが分かんなくなってるだけなんだ。

 それは人の「業」としてしかたがないことではあるけれ

ど、ここ百五十年ほどのバカ騒ぎは、バカ過ぎたんだと思う

よ。

 時々美味しいものを食べて酒でも飲んで、そこそこ働い

て、歌でも歌って、昼寝でもして・・・。

 人の暮らし・文化って、その程度で十分なんだろうと思う

けどね。等身大のね。




 

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