2017年1月11日水曜日

自分は正しい?


  《 人間の考えていることといったら

   「自分は正しい」

   「あいつはおかしい」  そればっかり! 》


  朝起きてから、夜眠りにつくまで(ときには夢のなかでも)、わ

 たしたちは一日中これをやっています。


  「わたしは正しい」


  「わたしは間違っていない」


  「あいつはおかしい」


  「こいつは変だ」


  「おまえは間違っている」


 日々、自分が考えていることを振り返れば、あなたにも心あたり

 
 があると思います。

   朝起きて、家族と顔を合わす。


   子供が「おはよう」と言わない。


   顔を洗ってタオルを取ろうとすると、いつものところに

    
    タオルがない。

   支度を整えて玄関を出た途端、横から自転車の高校生


   がスッ飛ばして来て、思わず後ずさり。


   駅の改札では、前の奴がモタモタしてる。


   電車に乗り込むと、先の連中が詰めようとしない。


   会社に着けば、どいつもこいつも頼んだ事をしていないわ、

   つまらんミスをするわ、オレのせいじゃない事で部長に小


    言を言われるわ・・・。


   うんざりしながら仕事を終えて、コンビニでビールを買って


   帰ろうとすると、前のオバサンが店員に商品のことをなんだ


   かんだと聞いたあげく、やっと買うことを決めたと思ったら


   ゴソゴソといつまでもサイフの小銭をさぐったあと、結局


   千円札を出してお釣りをもらう。


   ムカムカしながら家に帰ると、「今日は鍋だ」と聞いていた


   のに、「忙しかったから」と、吉野家の牛丼とコンビニのお


   惣菜・・・・・。(「忙しかった」って・・、まだ


   6時じゃねえか・・)

  ここに挙げた事は、わたしたちの一日の、ほんの一部。


  実際はこれの数倍も気に入らない事に出くわします。


  そして、その度に


    「あいつは、おかしい!」


    「こいつは、おかしい!」


    「自分は、正しい!」


  と、アタマの中でつぶやき続ける。  そうでしょ?    


  でも、その結果、あなたは誰にも知られることなく、自分ひとり


 で不機嫌になってるだけだし、その原因(あなたにとっての原


 因)である相手は、あなたがそんなことを思っているなんて、な


 にも知らないし、あなたの存在にさえ気付いていない人もいる。


  あなたが胸の内に抱いた怒りは、外の世界をなにひとつ変え


 はしないし、それを相手に伝えたとしても、ほとんどの場合、状


 況は悪くなるだけでしょう。


  これでは、あなたが抱いた怒りは、何のメリットももたらさない


 ということになりますね。


  わたしたちのアタマは、何の為にいつもこんな事をしている


 のでしょう?

  
  アタマがこんな作業を止めてくれたら、わたしたちはどれほど

 気楽に暮らせることでしょう?


  前のオバサンがレジでモタモタしている時、怒っても怒らなくて


 も待つ時間は一緒。それならば、機嫌良くしている方が得です。


  でも、わたしたちは日々アタマの中でつぶやき続けます、


    「わたしは正しい、わたしは正しい、わたしは正しい、わたしは正し



    い・・・・・・・・・



  なぜ、わたしたちのアタマは、こんなに「正しさ」にこだわり続


  けているのでしょう?
  
  それは「生き残る為」でしょう。本来は。

  すべての生き物は、常に生きる為の選択にせまられている。


   (細菌レベルではどうなのか知りませんが・・・)


   右へ行くか左へ行くか?暗がりへ行くか、明るい方へ行く


  か?選択を間違えれば、捕食者に目をつけられる。


   今、食べるべきか待つべきか?チャンスを逃せば食べ損ね


  る。   


   死ぬリスクが増える事を避けるために、本能的に行動して


  リスクを減らしている。


   死ぬリスクを減らすこと(それと子孫を残すこと)が正しい行


  動となる。


   人間も根本的には同じ。しかし、意識を持ち、社会を持って


  しまったために、かなり困ったことになってしまった。


   生き残ること、子孫を残すこと、という正しさの前に、社会の


  承認という手続き(ルール)が必要になった。




   たぶん石器時代であれば、その手続きはかなり緩いものだ
  
  ったでしょう。 しかし時代が下がるにつれ、人口が増え、文明が

  進み、手続きは複雑になり続けた。(人口が増えるから文明の


  進歩が必要なのか、文明の進歩によって人口が増えるのか。

  まあ、これはまた考えましょう)

   その過程で、 「正しさ」 は生き残ることから段々と離れ、


  ずてゆき、宙に浮いてしまった。

   今では、生き残ることを暗示することや、50年後の自分たち


  を生かすことや、地球の裏側に居る誰かを生かすことなど、


  数え切れない 「正しさ」 に取り囲まれ、その中でわたしたち


  には、もうどれが「正しい」か分からない。


   どの 「正しさ」 にも安住できずに、常に不安に突き動かさ


  れている。 その為、取るに足りない出来事にさえ不安を覚


  え、揺さぶられ、アタマの中で警戒のチャイムが鳴る。


   「これは、おかしい」 「あれは、間違っている」・・・・。


  わたしたちは、もう窒息寸前なのだと思う。


   

   
   さまざまな依存症、理由の分からない殺人、いじめ、過労死

  自殺・・・・・。ほんとに窒息してしまう人たちが出てくる。


  

   わたしたちは、 「正しさ」 に幻惑されていると言っていい

  でしょう。




   




  


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