2017年1月13日金曜日

自分を葬る

   《 自殺する人は死にたいのではなくて

     死ぬしか生きる道がないのです 》



 「死にたい」とか、「自分なんか死んだらいいのに」なん

て思ったことは無いですか?結構そういう人は多いと思いま

す。

 私も二十歳前後に、そういう時期がありました。色々な事

があって、精神的にかなり不安定になり、「自分なんか、死

んだらいいのに・・・」と毎日のように思っていました。で

も、私が今こうしていられるのは、私が強かったとか、諦め

なかったとかいうことではなくて、たまたまです。


  本当に自殺してしまう人は、別に弱い人でも、ズルイ人

もありません。いわば、勘違いさせられて来た人です。


 というか、人はみんな勘違いして生きています。その中

で、その勘違いを他の人間と共有してグループを作ることが

出来た者は、安心感を持ち、それを守る為に自分たちとは別

の勘違いをしている人間を、「間違ってる」と排除します。



 生きていく中で、世の中の、自分のとは違う「正しさ」に

り囲まれ、気が付けばいつのまにか、「自分は間違った存

なんだ・・・」と思い詰めさせられ、抜き差しならない所

立たされてしまった人が自殺するのです。



 「この世には、もう自分の居場所はない・・・」そう思っ

て、自ら命を絶つ・・・。(実際に自殺した人に聞くことは

出来ませんから言い切れはしませんが・・、きっとそうだと

思います)


 でも、「居場所が無い」わけではないのです。

 居場所を求める所が間違っているのです。

 本来自分が居る必然性のない所に、居場所を求めて生きて

来てしまったのです。それが ”勘違い” なんです。

 ですが、「そこにしか世界がない」と思い込んでしまって

いるので、自分を  これが自分だと自身で思い込んでいる 

“自分”を  強く否定されてしまうと、もう「自分は間違っ

た存在なんだ」と思ってしまいます。

 「自分は世界に否定された人間だから、この世界には、も

う存在できない。ここでは、生きて行けない・・・」 

 そうなると、「この世界」の外へ出るしかない。

 しかし、彼には他に “世界”が無い。

 でも「ここには居られない。あまりにも苦しい・・」。

 行き場のない彼が、「この世界」から逃れる為には、自分

を消すしかない・・・。
 

 同じ経緯で、精神が崩壊してしまうこともあるでしょう。

 “自分” と「世の中」の関係の持ち方によっては、「消し

たい」想いは「世の中」に向かい、破壊的な行動に出る。

 通り魔、無差別殺人・・・。



 しかしその様な結果を、人間は本来望んでいるはずがな

い。

 「本来の自分」とでもいうべきものが、わたしたちの中に

はある。しかし、わたしたちは「世の中」に取り囲まれ、惑

わされ、「本来の自分」を見失う。

 「本来の自分」を取り囲むように、わたしたちの “アタ

マ” は「もう一つの自分」を作り上げる。その「もう一つの

自分」は「世の中」に合わせるための、仮のものでしかない

のだけれど・・・。


 心の奥のほうから、言葉にならない言葉で「本来の自分」

が呼び掛けていたはず・・・。

 「世の中の正しさ」に幻惑されすぎた(信じ過ぎた)「も

う一つの自分」に対して、少し我に帰って「本来の自分」の

声に耳を傾け、自分に親しみ、自分を慈しんでくれればと、

一度、振り返ってくれればと・・・。

 でも、「もう一つの自分」には、それが出来なかった。

 「自分」の中には「自分」しかいなかったから。

 振り返るべき「自分」の存在など、見えなかったから。


 それは、「愚かなこと」とみなされるかも知れない。「弱

さ」と呼ばれるかも知れない。しかし、その「愚かさ」「弱

さ」は、真っ白で生まれて来る人間に「世の中」が植え付け

たものなのだ。決して、人が持って生まれて来るものではな

い。


 小学生や中学生が、イジメを受けたりして自殺する。過労

自殺や、老々介護に疲れての無理心中・・・。

 そんなニュースを見るたびに、本当にやるせない。


 そうやって自ら命を絶つ人を、「弱い」とか「ズルイ」と

か「自殺される家族の身にもなれ」とか言う人がいる。その

人に言いたい。

 「あなたが、その人に生まれ、その人の人生を生きたら、

まったく同じ時、同じ様に、あなたも自殺するよ」と。

 頭だけすげ替えて「自分ならそうならない」なんて、お気

楽すぎる。「あなたが、その人に生まれたら、それは、あな

たではなく、そのひとなんだ。自殺で終わる人生がどんな

ものだったか、想像してみることが出来ますか?」と・・。

 「仕方ない事」は仕方がないんですよ。


 でも、「世の中」の「正しさ」に取り囲まれて苦しんでい

る人に、私の言葉が届くチャンスがあるのなら、言ってあげ

たいんです。

 「人の数だけ、世界はある」と。

 本当の「自分」は「世の中」のパーツの一つではないと。

 「“正しい”とは、そういうことにしておけば気が済むとい


うことでしかない」と。

 正しいか正しくないかに関係なく「あなたはそこにいる」

と。


 「自分の居場所」とは「自分」だと。

 それは、誰に認めてもらう必要もないことだと・・・。

 人間の約束事の外に、約束事以前に「あなたは居る」と。

 人間の約束事は、出来損ないなんだと・・・。






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