2019年2月9日土曜日

女の子を死なせたのは、世の中かもしれない・・・。


 ここのところ連日ニュースで取り上げられている、小学四

年生の女の子が父親に虐待され死んでしまった事件だけど、

まるで児童相談所と教育委員会が殺したとでも言わんばかり

の報道ですね。殺したのは父親ですけどね・・・。・・親に

殺されるなんて本当に可哀相だけどね・・・。


 児相や教育委員会にあからさまな不手際や怠慢があったの

なら、それは確かに問題だと思うけれど、糾弾するなら、そ

のあたりの事をキッチリ確かめてからにすべきだと思うんだ

けどなぁ。正義ぶりたい人間は多いからねぇ。


 マスコミの扱いなんかを見ていて、私が気になっているの

は、担当していた児相の職員の事なんですね。ああいう仕事

というのは、気の毒な立場にある親子や、問題のある親など

と直接関わらなければならない。人間の闇や、社会の暗部を

目の当たりにする仕事であって、けっしてお気楽に、いい加

減に続けて行けるものではないでしょう。現場の人たちは一

所懸命だと思いますよ。きっと。

 「不手際があった」「判断を誤った」「能力不足だっ

た」・・・。いずれにせよ、今回女の子が亡くなった事で一

番ショックを受けているのは、担当した児相の職員じゃない

のかなぁ。

 「自分たちは失敗した・・・・・・」と。

 「最悪の結果を招いてしまった・・・」と。


 児相の対応の詳細を、十分に確かめも出来ていない段階に

も関わらず、あのような「まず批判ありき」といったムード

を作るのは、見ていて気分が悪い。

 もしそれで、担当していた職員が自殺でもしたら、マスコ

ミや公に批判する人間がしていることは、あの父親が娘にし

たことに類するものではないか?

 亡くなった女の子は本当に可哀相だ。そんな目に会うため

に生まれて来たのか?なんでそんな運命なんだ?ほんとに可

哀相で涙が出る・・。

 だからといって、「児相の仕事が完璧じゃなかった」とい

う理由で、まるで人殺しの様に責めようとするのは違うだろ

う。

 さらに気にかかるのは、その児相の職員にも家族があると

いうこと。小中学生の子供を持つ人も当然あるだろう。この

報道をきっかけに、その子供たちがイジメに会わないとも限

らない。もしそうなったら、マスコミの罪は大きい。本当

に、慎重に扱わねばならない問題なのに・・・。


 ひとつの本当に不幸なケースが生じてしまった。

 けれど、これまでに、そこに至ろうとする問題を数十倍の

数、収めてきたかもしれないではないか。いや、そうだった

ろう。

 大変な努力をして、酷い事が起らないように・起らないよ

うにして来ても、その実績は評価されない。地味で目立たな

いから・・・。しかし、失敗は目立つ。その一つの失敗(痛

すぎる失敗だけど・・・)だけを取り上げて吊し上げる人間

は、これまでよほど完璧な人生を歩んで来たのだろうね。


 もしかして、今回の児相の仕事が本当にずさんだったのか

もしれない。けれどそれは、そのことがハッキリしてから問

題にすればいい。


 今度の事件で怒っている人間たちを見ていると、殺した父

親よりも、児相や教育委員会に怒りを向けているようだ。

 彼らの怒りの深層には、殺された女の子を思っての悲しみ

ではなく、「ちゃんと世の中をコントロールしろよ!」とい

う “安心安全原理主義” が隠れているのではないか?


 「社会が、社会をきっちりコントロールして、わたしたち

が不安なく生きられるようにしろよ!その為に税金払ってん

からな!」と。

 そのためには、「よその家庭だろうがズカズカと入り込ん

で、頭のおかしい親なんか力ずくでねじ伏せて、何を仕出か

すか分からない人間は完璧に制御しろ!」と。

 そして自分はテレビのバラエティー番組でも見て笑って

る。そして、自分の子供に、深く考えもせずに「勉強し

ろ!」などと言っているかもしれない。


 あの子を直接殺したのは父親だ。けっして許されない。

 でも、その父親を許しがたい暴力に向かわせたのは、もし

かしたら現代の日本の、「人間のあらゆる行動までコントロ

ールしようとする働き」がもたらす、圧力だったかもしれな

いではないか。

 当事者を弾劾して済ませられる話ではないと、私は思って

いる。


 恐かったろうね・・・。
 
 苦しかったろうね・・・。

 痛かったろうね・・・・。

 私にも一千万分の一ぐらいの責任があるような気がする。

ンね。

 人間は、ほんとうに出来損ないだよ・・・・。

 
 
 

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