2023年9月18日月曜日

ステキなタイミング!



 いつも口から出まかせを書いてはいるけど、このブログは

不特定多数の目に触れる前提のものだし(現実として、不特

定少数だけど😅)、書かれている内容は、たまたま読んだ人

の人生を大きく変える可能性の高いものだと意識しながら書

いている。

 どう変えるかは私には分からない。安らぎへか、混乱へ

か・・・、いずれにしてもタイミング次第だろう。別の言い

方をするなら、縁次第だろう。私なりに気遣いはしているけ

ど、結果に責任は持てない。


 昔、坂本九さんの歌で『ステキなタイミング』というもの

が有って、サビの部分で〈 この世で一番肝心なのは ステキな

タイミング 〉と歌われる。

 アメリカの曲のカバーで 漣 健児 という方が訳詞されてい

て、どのような想いで詞を書かれたのかは分からないけど、

間違いなく〈この世で一番肝心なのは ステキなタイミング〉

だ。

 ただし、同様に〈この世で一番逃げ出したいのは 最悪なタ

イミング〉ということもある。良いと思えることも、悪いと

思うことも、タイミング次第で決まってしまう。

 多くの人がその事を理解しているので、何かをする時に、

誰もがタイミングを計る。それが出来ない者は「空気が読め

ない」などと言われたりもする。タイミングはとても大事

だ。

 けれども、それは人の都合に合うかどうかのタイミングで

あって、そのタイミングさえ支配している、宇宙のタイミン

グともいえるものがある。
 

 例えば、ふとしたきっかけで仲良くなったカップルが、そ

のまま二人でしあわせな人生を過ごしたとする。それは「ふ

とした」タイミングが有ればこそだけど、その「ふとした」

はそれぞれの人生の、無数の「ふとした」ことの連なりの末

のものなので、無数のタイミングの中の一つでしかない。二

人にとって、特別な出来事に思えても、それは人生の始まり

から終わりまでのあらゆることとの無数の出会いの一つでし

かない。それ以外の無数の「ふとした」の一つでも欠けてい

れば、二人の人生はまったく違ったものになる。

 そのすべてが欠けるか、欠けないかも、やはりタイミング

の問題だ。


 しかし、私は必然論者で、この宇宙のどのようなタイミン

グも、そうなるべくしてなっていると思っているので、極論

を言えばタイミングなんて無い。

 〈ステキなタイミング〉は確かに「ステキ」で、私もそん

なタイミングを望むけれど、「なるようにしかならないし、

なるべくしてなる」と思っている。

 〈ステキなタイミング〉が訪れても、〈ヒドいタイミン

グ〉で何かが起こっても、「さて、これはどう展開して行く

のだろう?」なんて思っている。


 「面倒くさい、つまんねえ人間だなぁ・・」と思われるか

もしれないけど、いま起きていることは「結果」ではなく

て、すべては「経過」でしかない、と思ってしまう。

 けれど、同時に、瞬間々々起きていることは、瞬間々々で

完結しているとも思う。矛盾して見えるけれど、要するに出

来事を小さなストーリーに納めないようにしているというこ

とらしい。

 実際には、出来事はわたしたちの考える物語に納まらず、

時間的にも空間的にも無限に続く。それと同時に、わたした

ちが出来事に物語を投影しなければ、出来事は瞬間ごとに消

えて行く。

 物語を設定しなければ、物語の流れというものもない。

 流れがなければ、タイミングも何もあったものではない。

 わたしたちの描く物語もろともに、世界はそうなるべくし

て、そうなる。


 私の世界観からすれば、タイミングというものは必然によ

るものだけど、世間の常識からすれば偶然だろうし、自分で

計れるものでもあるだろう。けど、それはエゴの願望に過ぎ

ない。わたしたちも世界を支配するタイミングによって動か

されて行くだけなのだ。


 ひとりひとりが生きるも死ぬも、笑うも泣くも、世界の動

きのタイミング次第。

 「なにがどうなろうが知ったこっちゃないなぁ」

 そう受け取れば気楽なものだ。


 と、こんなブログを読んでしまう今のあなたのタイミング

は、あなたに歓迎されるものなのだろうか

 「ちっ!」と舌打ちされているのかもしれない。けれど、

深掘りすれば、きっとステキなタイミングだろうと思います

よ。





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