私への You Yube からのおすすめ動画には、スピリチュア
ル系のものや自然科学系のものが多い。最近よくあるのは、
量子力学とスピリチュアルを合わせたタイプのものです。
「仏教と最新科学(量子力学)がとてもよく似ている。古
代の人たちは凄い!」などという。
私は別に凄いと思わない。「そりゃそうだろう」と思う。
さまざまなアルゴリズムにそのアルゴリズムなりのクセが
あるように、人間の意識にも、万人共通のクセ(思考・脳の
機能的特性)があり、誰もその制約から逃れられない。なの
で、どのようなアプローチをしたところで、究極的な世界認
識は同じ結論に至るしかない。ちょっと表現方法が違うだ
け。どのルートから富士山に登ろうと、山頂で見る景色が同
じであるように・・。
識(思考)はそれを認識できない。
《 真理を語ることは永遠に言葉遊びでしかない 》
思考によって真理を探すこと自体が、わたしたちを真理か
ら遠ざける。
「これが真理だ」と思った瞬間、わたしたちはエゴの落と
し穴に落ちる。
《 わたしたちの意識の中に、真理は存在できない 》
そういう認識は、わたしたちが真理に触れる可能性を最も
高めるように思う。そして、たぶん真理というものは、わた
したちのアタマが漠然と期待しているようなものとはまるで
違うだろう。
《 真理というものは、期待外れである 》
わたしたちのちっぽけで見当違いの期待に叶うようなもの
が真理であるはずがない。
そう考えるのは妥当なことだろうと思う。
そして《 真理と言うものは、期待外れである 》のならば、
「期待」を外すことで、真理に触れられるのではないだろう
か?
「言葉遊び」を遊んでしまうなら、それはまんざらでもない
ように思う。
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