2017年12月13日水曜日

ムーミン谷で考える


 〈過剰〉=〈悪〉と、以前書きましたが(『アグレッシブ

の脅威』17/4 )、《過ぎたるは及ばざるが如し》とは昔か

ら言います。でも私は《過ぎたるは及ばざるより悪しき》と

思っています。

 人間は、なんでも、すぐに、やり過ぎます。

 やり過ぎて問題を作りだします。

 余計な事をしてしまうのです。



 他の生物と人間の違いとして、言葉を使うとか、火を使う

とか、直立二足歩行をするとか、いろいろ言われますが、私

が思うに人間の大きな特徴は〈余計な事をする〉ことでしょ

う。



 不必要な事をする。

 やり過ぎる。


 他の生き物は、生存と生殖の為の事以外はやりません。暇

な時には、飛んだり跳ねたりすることもありますが、それさ

えもせずに寝ている事がほとんどです。人間だけが変わって

います。

 生き物の目的  というより衝動でしょうか  が生存と

生殖であれば、人間のしている人間らしい行動は、ほぼ全部

〈余計な事〉です。

 ちょっとばかり気分が良かったりするけれど、ただそれだ

けの事で、エネルギーの無駄遣いです。


 子供の頃、アニメの「ムーミン」を観ていましたが、あの

中に〈ジャコウネズミ〉というキャラクターが居ました。

 〈ジャコウネズミ〉は哲学者で、彼の口癖は「ムダじゃ!

ムダじゃ!」でした。

 人間のする事はムダばっかりです。

 〈文化〉とされる事は、99.99%ムダです。



 スポーツもムダ。芸術もムダ。歌も踊りもムダ。学問もム

ダ。電車も車も飛行機も船もムダ。ビルもダムも高速道路も

ムダ。化粧もタトゥーもハンドバッグもスーツも指輪もピア

スもムダ。お寺も仏像も教会もムダ。スマホもパソコンもイ

ンターネットもムダ。仕事も恋愛も友情もムダ・・・・。何

もかもがムダ。

 〈ジャコウネズミ〉はそう考えています。そうとしか考え

られません。だからいつも不機嫌に、悲しそうに、吐き捨て

ます。「ムダじゃ!ムダじゃ!・・・」。

 そんな〈ジャコウネズミ〉の言葉をムーミン谷の住人は相

手にしませんが、馬鹿にしたり除け者にしたりはしない。

「彼の言う事は間違ってはいない」と、誰もが思っているか

らでしょう。けれど、こうも思っている様です。

 「間違ってはいないけれど、それだけではない」と。



 ムーミンの原作者 トーベ・ヤンソンさんによれば、ムー

ミン谷の住人は、〈バーレルセル〉だそうです。

 架空の生き物ですが、〈バーレルセル〉には、“存在する

もの” という意味があるそうです。



 ムーミン谷の住人は、「確かに、全部ムダだと思うけど、

自分たちも世界も存在してる。怒ったり、泣いたり、笑った

り、喜んだりする自分たちの生も存在している。それは疑え

ない。だから、笑ったり、泣いたり、ふざけたり、しあわせ

を感じたりしたいんだ」と思っている様です。



 「ムーミン」を貫くテーマは、“命・ユーモア・自然・不

思議” ということに集約されるでしょう。


 「ムダじゃ!」と言い始めれば、すぐに最終回答に行き当

たります。宇宙の存在自体がムダです。

 「ムダじゃ!」と言えば、もうそれで終わりです。

 〈言ってはならない真実〉という物かも知れません。

 ですが、それを言う人がいなければならない。〈真実〉は

知っておくべきです。〈真実〉から目を背けると、必ず問題

を生みます。その〈真実〉が重要であればあるほど、問題も

大きくなります。

 「人間のやることは、全部ムダ」

 そこから目をそらすべきではありません。

 それを踏まえた上での、わたしたちの〈生〉です。

 そのムダでしかないものを、ムダにしない為に人はどうし

たらいいのか?



 人間のやることはほとんどムダ。99.99%ムダ。私もそう

思っています。

 けれど、残りの0.01%にすべてをひっくり返す鍵があ

る。

 それは、ムダだと気付いていること。気付いている自分が

在ること。ムダに走り回ってる自分たちを笑ってしまえるこ

と・・。


 ムダな事しか出来ないのは人間の業。

 ムダな事を止めることが出来ないのがわたしたちの業。

 それならば笑ってしまおう!

 ムダに右往左往している “自分” と “世の中” を、野次馬

になって観ていてやろう!

 ムダに走り回ってる自分を遊んでしまおう!

 ムダな事ばっかりしか出来ない自分と世の中を泣こう。

 ムダな事ばっかりしか出来ない自分と世の中を許そ

う・・・。



 そうやって、ムダがほんとにムダだと分かった時、人は他

の生き物以上に自由になるんじゃないだろうか?

 本当のしあわせを知ることになるんじゃないだろうか?

 いや、本当にしあわせになるのだ。



 道元禅師の「正法眼蔵・弁道話」の中に《放てば手に満て

り》という有名な言葉がありますが、わたしたちは常に目的

意識を持ち、何かを手に入れようとしている。

 余計なもの、ムダなものと思わず、いつも何かをつかもう

としている。そして、何かをつかむとそれを放そうとはしな

いが、つかんでいると、つかんだ物しか手に出来ない。しか

し、そのつかんだ手を放すと・・・。

 全世界が掌の上にある。

 《放てば手に満てり》


 ムーミン谷のキーパーソン〈スナフキン〉は禅僧の様だ。

 余計なものに自縄自縛になってるわたしたちに、「手を放

し」「命と遊ぶ」ことを促す。

 ムーミン谷の住人のように、屈託なく、素直に、自然に、

「等身大の自分で世界に遊ぼう」と。





0 件のコメント:

コメントを投稿