2021年11月3日水曜日

ショギョームジョーと鐘の声



 仏教に関心が無い人でも、「諸行無常」という言葉は大抵知

っている。

 〈 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 〉

 というのを、日本人なら誰でも知っているからだ。


 でも、たぶんほとんどの人は、「ショギョームジョー」と

音で覚えていて、さらに「諸行無情」だと思っているだろ

う。災害があったり、思いがけず人が死んだりした時に「シ

ョギョームジョー」と言われることが多いので、「無常」で

はなく「無情」だと思っているはずだ。「世の中は人の気持

ちに配慮してくれるわけではない」という意味で捉えている

と見ていい。

 つまり「すべてが変わり続けてしまう(諸行無常)なん

て、無情だ!」と、「諸行無常」という事実が気に入らない

人がほとんどだということです。それは昔も今も変わらない

ことで、だからこそ、ことさらに「諸行無常」なんてことを

言ったわけです。


 いま、「昔も今も変わらない」と書いたんですけど、「諸

行無常」の世界にあって、人間のアタマの癖は変わらないん

ですね。

 わたしたちは普通、「自分に関係の無いことはいくら変わ

ったっていけど、自分は変わりたくない。変わるとしても自

分の気に入るように変わらなきゃイヤだ」と思っている。そ

んなのエゴイズムですよね。そして、それがエゴというもの

です。

 「世界がどうなろうが、自分に関係ないことは知ったこっ

ちゃない。自分の都合だけが大事だ」というのがわたしたち

のエゴです。
 

 わたしたちの意識の前面ではいつもエゴが幅を利かせてい

るので、わたしたちは、エゴこそが “自分” だと思っている。

なにしろエゴ以外の意識の部分は言葉を使えないので分が悪

い。「ああだ!こうだ!」とわめき散らすエゴの前では、沈

黙しているしかない他の意識は蹴散らされてしまうので、ど

うしてもエゴが幅を利かせる。

 しかし、このエゴが幅を利かせることが人間の不幸の根本

だと、お釈迦さんは気が付いた。そして、仏教の継承者が、

言葉ではない “鐘の声” に、「諸行無常」というイメージを結

び付けるというイメージ戦略を採った。


 なぜお寺で鐘を撞くのか?


 煩悩を祓うとか言ったりする。確かにそういう言い方もで

きるのだろうが、言葉ではない鐘の音に意識が向くことで、

人の意識が自然に瞑想的な状態になるのではないだろうか。

そして、言葉ではないものが存在していることを再認識させ

る。


 鐘の音を聞く。

 さらに周りの音を聞く。

 自分の手や足を見る。

 周りを見渡す。

 何ひとつ言葉で出来ているのではないことを確かめる。


 言葉はわたしたちのアタマの中にしかない。

 世界はすべて言葉ではないもので出来ている。アタマが納

まっている脳みそさえ言葉で出来ているのではない。そう気

付けば、そんな世界の中で言葉が主導権を握っているなんて

おかしいだろう、というのは自然じゃないだろうか。


 言葉や数字などはアタマの中の約束事なので、「あ」はい

つでも誰にでも「あ」であって変わらない。「1」は「1」で

あって変わらない。変わらないことにしておかないと話がで

きない。ものが考えられない。

 一秒前に考えた「1」と、今考えた「1」がおなじだからこ

そ「1+1=2」が成立する・・・。だからアタマは「変わら

ない」ということを重要視する。

 物事が変わっても、それが自分の想定と変わらなければ受

け入れる。けれど、想定外だと怒りだしたりする。「そうじ

ゃないだろ!」って。


 “「そうじゃない」もなにも、「そう」なってしまったんだ

からしょうがないじゃないか。世界はお前の都合で出来てな

い”

 そう気付かせる為に、「諸行無常だよ」って鐘を撞く。

「ご~~~~ん~~~・・・」


 「諸行無常」で何かいいことがあるのか?


 「逆らってるのは人間のアタマだけだよ」って鐘の声が言

う。

 言葉という、世界を区切るものが、「おかしなものだよ」

と気付けば、わたしたちは世界と切れていないと感じられ

る。


 自分は「世界」だったんだ・・・。


 お釈迦さんは「我と大地有情、同時成道」と言った。

 空海は「金星が口に飛び込んだ」と感じた。


 自分と世界が別だからこそ世界が変わってゆくと感じるけ

れど、自分が世界になってしまえば、世界の変化は自分の髪

の毛が伸びたりするようなものだろう。


 諸行が無常なのは、自分が世界から外れてしまっているか

ら。アタマという外れたものの側から見るから。エゴを自分

だと思ってしまうから。


 鐘の声を聞いて、自分(エゴ)を忘れる。

 自分は世界だということを味わう・・・。





 

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