2024年2月26日月曜日

異常が普通で、普通が異常?



 近所の家に植えられてる沈丁花が花を開いている。センニ

ソウやアジサイの芽も伸びだし、もう春は始まっている。

 何日か前はかなり気温が上がって4月並みだったとか。今

日は肌寒くて、4日後ぐらいには最低気温が0℃ぐらいにな

る予報。まぁ “三寒四温” というこの時期にありがちなことだ

と思うけど、この程度のことで「異常気象」ということを言

う人が結構いる。小学生ならともかく、結構な歳の人が口に

するので驚く。これまでの人生経験でこの程度のことはあっ

ただろうに・・・、洗脳されてるんだなぁ。


 地質学や考古気象学で、氷河期について研究している人た

ちは、そう遠くない将来に通常通り「氷期」が来ると考えて

いる人がほとんどだろうと思う(確認は取っていないけ

ど)。けれどそういう話はほとんど世に出ない。世の中は通

常の中の小さな「異常」が大好きだ。

 「異常」といっても、「異常と思われること」を取り上げ

て話題にするだけのことで、本当に異常なわけではない。

「雨が地面から空に向かって降る」ようなことはない。


 考古気象学、地質学の常識からすれば、過去100万年ぐ

らいの気象サイクルを考えるといまの間氷期はもう終わりか

けていて、もうすぐ氷期になるはずだが、人々はそれを望ん

でいない。間氷期が終わらないという「異常気象」を望んで

いる。ご都合主義だなぁ。


 その時々に「異常が普通」で「普通が異常」だと、自分の

都合次第で決めるのがわたしたちのアタマの得意技。これは

人類が滅びるまで変わらないだろう。

 人次第で、社会情勢次第で、異常が普通になり普通が異常

になるので、社会のことに公然と意見を言う気になれない。

そんなことに関わると酷い目に遭うのが目に見えている。な

ので、ネットの辺境で憂さ晴らしをしている。


 異常も通常もないだろう。すべては「そういうもんだ」と

いうだけだ。

 人間の為に世界があるわけじゃないし、ましてや一個人の

為に世界があるわけがない。人間の社会というものも個人の

為にあるのではないのだから、社会で起こることが異常だと

思えても、さほど驚くことでもないだろう。そういうもん

だ。

 どれほど自分に都合が悪くても、起こることは起こる。そ

れをいちいち嘆いていてもつまらない。そういうもんだと受

け止めてしまえば気楽なものだし、そうせざるを得ない。


 人間の愚かさのせいで気候変動が起こるとしても、「人間

は愚かだからしょうがない。そういうもんだ」と受け止める

しかない。だって、どう考えても愚かさがなくなるとは思え

ない。

 私の予想外に人が賢明になったとしても、それはそれで結

構なことだから、それならそれで大歓迎。でも「日暮れて道

遠し」という感は否めない。


  この夏が 雨か日照りか知らねども 

  今日のつとめに 田草取るなり


 いい歌だなぁと思う。

 いま風にするとこんな感じになる。


  給料が 上がるか下がるか知らねども 

  今日も朝から 顔洗うなり


 都合が良かろうが悪かろうが、さしあたり生きて行くのな

ら機嫌良く生きる。

 それが普通というものではなかろうか?


                       
                        カンサイタンポポ です
                      神戸ではとても珍しくなった
      
  

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