2017年10月3日火曜日

チェット ベイカーの絶望


 チェット ベイカーという人が居ました。

 「居ました」と言うのは、もう亡くなっているからです

が、アメリカのジャズトランぺッターで歌手、ヘロイン中毒

者で1988年に謎の転落死を遂げます。58歳でした。

 ジャズファンであれば大抵知っている有名なミュージシャ

ンですが、日本のジャズファンには、いまいち評価されてい

ないのではないかという気がします。どちらかといえば、

“キワモノ” という扱いなんだろうなと思います。


 私は、多少ジャズも聴きますが、ジャズのことは詳しくあ

りません。マイルス デイビスとかビル エバンスとかジョン 

コルトレーンといった超大物を知っている程度です。チェッ

ベイカーについても全然知らなかったんですが、三年前

に、You Tubeでルシアナ ソウザという歌手の動画を探して

いた時、彼の動画に出会いました。


 黒いスーツを着た青年が独り、パイプ椅子に座り、うつむ

いてトランペットを吹いているモノクロの写真。

 その雰囲気に惹かれ、動画を再生しました。


 「Almost Blue」Chet Baker。


 ゆったりとして、抒情的だけれど沈んだトーンのピアノが

始まり、20秒ほどして、トランペットが鳴り出したとた

ん、その世界に引き込まれてしまいました。

 なんと暗く、冷たく、孤独な音・・・。


 「絶望」・・・。


 すぐにその言葉が浮かびました。


 この時点で、私はチェットについて(破滅的な人間である

という)何の知識もありませんでしたから、掛け値なしに、

彼の奏でるトランペットが、私に「絶望」をイメージさせた

のです。

 そして、トランペットが終り、チェットの歌が始まりまし

た・・・、「うぅっ・・」と、私は呻いたかも知れません。

 またしても、「絶望」・・・。


 「・・この人は、なんという所に居るのだ・・・」


 そんな想いに囚われました。・・・ですが、不思議に、聴

くのが嫌になるという事はありませんでした。

 暗く、冷たく、孤独で、「絶望」を満たしながらも、嫌悪

感や怖れを感じたりはせず、何故か引き込まれてしまう。

 そして、一年が経った頃、私の手元には三十枚余りのチェ

ットのCDがありました。


 チェット ベイカーの人となりを知り、暗い曲ばかりでな

い事も知り、私が聴いた「Almost Blue」が、チェットの

遺した膨大なプレイの中で、最も「絶望」をまとっている演

奏のひとつだという事も知りました。けれど、私のチェット

に対するイメージは、やはり「絶望」です。

 そんな「絶望」をまとった音楽に、何故これほど惹かれて

しまうのか? チェットの音楽の良さとは何なのか?

 分からなくて、ずっと考えていたのですが、ある日、やは

り「Almost Blue」を聴いていて思いました。


 「これは、完全な絶望の故の〈安らぎ〉なんじゃないだろ

うか・・・」


 「完全な絶望」。

 もう、これ以上堕ちる事が無い。

 人生の底に落ち着いてしまっている。

 もう不安に成り様が無い。

 それが、不思議な安らぎを生むんじゃないだろうかと思っ

たのです。


 「達観」とか「諦観」といった高級なものではない。

 「怖れ」に麻痺してしまったと言うのが正解かも知れな

い。


 さまざまなトラブルを繰り返しながらも  死に方はとも

かくとして  薬物に殺されずに演奏を続け、不思議な音楽

の縁によって、類稀なる音を遺した。

 こんな音、後にも先にもありませんよ。きっと。


 破滅的な表現者って、自己破壊的にエネルギーをぶちまけ

て、崩壊しちゃうもんです。

 普通なら、チェットだってヘロイン中毒でもっと早く死ん

じゃうか、演奏者としての道を絶たれたはずなんです。

 ところが、そうは成らなかった。

 ヨレヨレに成りながら、死の直前までトランペットを吹

き、歌を歌い続けた・・・。(「ピンピン、ころり」じゃな

いよ。「ぐだぐだ、ドスン・・」なんだから)
 

 その生き方と演奏技術(テクニックは、凄いというほどじ

ゃない。歌もトランペットも)や、ジャズの世界でのポジシ

ョンなどから、日本では、どちらかといえば “キワモノ” と

して扱われているであろうチェットだけど、その一方でプロ

のミュージシャンや音楽ファンの中には、深く心酔している

者も多い様で、伝記的な映画も二本作られている。


 「自己中心的なヤク中で、救いがたい人間」といった話も

有るようだけど、自身のプレイに対する態度は真摯だったと

もいうし、彼のCDを聴いていると、共演者が彼とのプレイ

を喜んでいる様に感じる。


 マイルス デイビスを引き合いに出すと、怒る人がいっぱ

い居るだろうけど、マイルスの演奏には、途轍もない緊張と

戦いがある(体調の悪い時は、聴けません)。そして、それ

がマイルスの魅力だけど、チェットの演奏にはリラックスと

愛がある。

 チェットが愛を持っているのではなくて、チェットに対す

る愛が伝わってくる気がする。

   最後の作品である「THE LAST GREAT CONCERT」の

ストリングスなんて、愛が溢れてる!


 なんだか、チェットは “お地蔵さん” みたいだね。

 悲しみを浮かべているのか? 笑っているのか?

 表情がよく分からなくなっているけれど、周りから大事に

されている・・・。地蔵菩薩は地獄まで行っちゃうんだし。


 《 完全な成功と、完全な敗北は

         人を同じところに連れて行く 》 


 そんな、言葉が浮かんで来ました・・・。


 チェット ベイカーの音楽は、〈慈悲〉に気付かせる。

 (これは、言い過ぎです!)


 さあ、「Let's Get Lost」でも聴こうか。



 
 

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